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目が覚めた。けれど重すぎるまぶたのせいで全く目が開かなかった。
無意識的に冷たい水で顔を洗った。
その感触が、君に触れたときとよく似ていた、気がした。
やっと良好になった視界で一人暮らしの狭い部屋を見渡しても、当然のように君はいなかった。
「……っ」
だめだ。泣くな。
泣いたって横山先生は帰ってこない。
こんな顔を生徒に見せちゃいけない。
つよくいなきゃ。決めただろう。
着替えて化粧をする。
いつにも増して肌が突っ張っていた。
家を出た。
駅までの道のりがとても長く感じた。
まだ暗い朝に、聞こえてくるのはスズメの鳴き声と、それから私の弱音だった。
「……あいたい」
電車に乗った。こんなにも人がいる。
こんなに人がいるのに、どうして君じゃなきゃいけなかったんだろう。
君である必要は何だったんだろう。
「……会いたい」
どうしようもなく、君に会いたい。
仕事は、好きだ。
子供たちと走り回っていれば自然と時はすぎる。
余計なことを考えてる暇はないのだ。
_____おれなんかたまにどついたろかーーって思うで？
ビールを片手に顔を赤くしながらそう言って笑っていたのを鮮明に覚えている。
同じ職場で働いたのはたったの一年だったけれど、君はいい先生だった。
私と同じで、決して器用ではない君が
いっぱいいっぱい努力した。いっぱい、いっぱい…
「……がんばらなきゃ」
仕事が私を少し冷静にさせた。
この仕事に就いてよかった。
君の記憶が私の背筋を伸ばしてくれる。
仕事は多少残っていたけれど、定時で上がった。横山先生の病院へ走った。
結論を言えば、
横山先生は昨日と全く変わらない姿でかろうじて生きていた。
昨日の横山先生の幽霊は疲れた私が作り出した幻覚だったんだ。きっと、ただの夢だった。
あんなにおしゃべりが好きな君が、
ずっと沈黙を強いられているのは、辛いだろう。話したくてうずうずしていることだろう。
_____もう、泣かない。
視界が涙で滲んだけど、手で仰いでやっと堪えた。
大丈夫。生きてる。
帰りの電車から見えた空には
薄く雲がかかっていて……
月なんてどこにもありゃしなかった。
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作者名：ねこひこ | 作成日時：2020年3月2日 2時
