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病院で眠っているはずの横山先生がいる。
わたしをしゃがんで覗き込んでいる。
もちっとしたほっぺた
黒々とした髪の毛
怪我を負っているはずの身体には傷ひとつなさそうで
むしろ、泣きはらして床に転がる私の方を、
心配そうに見つめる。
「…なん、で……」
「もう、いつでも電話しいって言うたやろ？そんなんなるまで我慢すんのやめや」
「だっ…だって」
だって。
交通事故で昏睡状態の人に。
夢でも見ているのだろうか。
君はたしかに、眠っていたのだ。ガラス越しに見た。君の身体から何本も管が伸びているのを見たのだ。
それで私は、泣いたのに_____
「なでなでしたろか」
君は未だにそんなことを言う。
そうやって私に手を伸ばす。
やっぱり触れない、私の頭上で手を揺らして
「なでなで」
柔らかくて、優しい声だ。
大好きな、大好きな君の。
「わ、……う、わたしも、」
少しずつ髪に手を伸ばした。君は可愛い顔をしてわたしの手が頭に触れるのを待った。
そっと、
そっと彼の髪の毛を撫でようとした瞬間に、
「………っひ」
わたしの手は空を切り
横山先生の顔の中心で止まった。
何もない、そこに横山先生はいない。
強いて言うなら、ぬるま湯に手を突っ込んだような、そんな感触だった。
「……し、しん、しんじゃったの」
「勝手に殺さんといて」
「で、も、おばけ」
これが夢じゃないなら
君は幽霊になってしまった。
幽霊になってわたしに会いにきてくれた。
でもそれは、
君が死んだってことじゃないか。
「……やっと会えたね。A先生」
「ぅえ…？」
君はニコッと微笑んだ。
とても、とても綺麗な顔だった。
ここにいるのに、いない。
ここにいるのに触れない。
もう、この世に、きみは
「外な」
いたずらっ子みたいに片方の口角を上げて笑う。
何を企んでるのかわからない、君が。
「きれいな三日月やねん」
転がってるままの私に君は手を差し伸べた。
私はその手をつかもうとした。
じゃぼん、と水に手を突っ込んだ音がした気がする。君にはさわれない。
なんとか自力で立ち上がった。
閉めっぱなしのカーテンを開けた。
「…うっ」
嫌味なくらい綺麗に欠けた月で、
君を失った重大さに、また涙が溢れた。
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作者名：ねこひこ | 作成日時：2020年3月2日 2時
