シナナイ1 ページ3
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普通の10歳の女の子の私が恋をしたのは、
まるで生まれたてのような男の子だった。
〈鬼が出るから子供は近づいてはいけないよ〉と、お婆ちゃんに言われていた岩山がある。
ただの伝説で、イマドキ誰も信じてはいないとは言えなんとなく近付き難いのは確かだったのだけど、
そこに行ってしまったのは過保護なお婆ちゃんへのちょっとした反抗だった。
「……だれ？」
「………」
「ねえ、なにしてるの？」
私が果敢に話しかけているのは、たぶん、たぶん同い年くらいの男の子なんだけれど、その身体は骨骨しい…というより、病的に痩せていた。
「…私は、A」
「A」
「そう！A！」
その子が私の名前を呼んだのが嬉しくて、それはたぶん、野良犬を手名付けたような気持ちでしかなかったのだけど…つい、私は忘れていた。
ここは鬼の出る岩山で、
私のお婆ちゃんがここを怖がっていて、
私がお婆ちゃんに育てられてきたこと。
「えへへ、おれ、隆平」
隆平は、眉をハの字にして笑う。
笑うと鼻が丸くなる。
岩に打たれた杭に、その手足が繋がれていることに、私は気付かないふりをした。
隆平が動くと重そうな鎖がじゃら、と音を立てた。
私は毎日隆平に会いに行った。
隆平はよく笑う。
隆平は雨の日が嫌いだ。
隆平はお日様みたいな子だった。
私の身長が伸びて、そして止まった。
私は18になった。
私の腹は潰れた空き缶のようにくびれ、胸も膨らんだ。
今日も隆平はまだ、生まれたてみたいだった。
「A」
隆平が私を呼んだ。
じゃら、と鎖が音を立てた。
「どうしたの？」
「こっち、おいで」
優しく微笑みながら重そうな鎖をつけた細い細い汚れた両腕を広げる。
その腕の中に飛び込むように体を寄せる。
隆平の両腕が、私を閉じ込めた。重たい体だった。
三年前にお婆ちゃんが亡くなった。
悲しい時も隆平はそばにいてくれた。
私のお母さんは、私が3歳の時から行方知らずだ。
隆平はいつも汚くて薄い布を見に纏っていた。とても服とは言い難かった。
そっと、隆平の腹に触れた。
「もう、くすぐったいやん」
_____ぼこぼこ
「A？」
私は、隆平の布をなぜか震えている手で捲った。
ヒトの皮膚は、
こんなに汚くなりうるだろうか。
爛れ、焼け、えぐれ…
「どした？」
隆平はよく笑う。
「A」
隆平は雨の日が嫌いだ。
「お腹減った？」
隆平は、本当に、よく笑う。
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作者名：ねこひこ | 作成日時：2020年2月13日 21時
