09話 ページ9
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『たまたま任務で近くに来たから、寄っただけ』
「へぇ....私もたまたまこの近くに仕事に出ていてね。まさか先客がいるとは思っていなかったけれど」
『....なら私、邪魔よね』
何を考えるわけでもなく、来たばかりだと言うのに私は荷物を持って立ち上がってしまった。まだ帰りたくなんてない、なのに私は自分の言葉に左右されすぎている。
この部屋は彼が休息を得るためにあるのかもしれない。それを前提に考えるなら、仕事終わりに来た夏油にとって、私は今はどう考えても居るべきじゃない。
自身の足に言い聞かせ、私は玄関の方へと向かう。変な思い上がりは結局自分を傷つけるのだから、やっぱり何も言わずに来るなんてやめた方がいいんだ。
そう、思っていた。
「どこに行く、まさか、帰る気なのか?」
『....私、何か変なことでも言った?』
彼の横を通った瞬間、左腕を引かれ一気に距離が縮まる。心臓の音がバレてしまわないかと不安になった。それでも必死に冷静を装って。
ここで引き留められるなんて思いもしなかった。呪霊を渡す用がないなら私なんて不要のはずだ。夏油はただ、私のことをまだ利用できると思っているからまた呼んでくれただけ。それ以外に理由なんてないだろうと。
なのに、彼の手の暖かさに苛まれて脳内が真っ白になる。正当な理由を探す余裕が、もうなかった。
「邪魔じゃないさ、来ていいと言ったのは私だろう?気の済むまでゆっくりしていけばいい」
『....そう』
返事をすれば手は解かれ、夏油は一人部屋に足を運んでいく。それに釣られるように彼の後ろを歩けば、袈裟が異様に似合っているからか、高専にいた頃とのギャップに頭の中はうるさく喚いていた。
居ていいと言われても、何をすればいいか分からない。ただ意味もなく、携帯に目をやるくらいしか気の紛らわし方を知らなかった。
夏油はこの前と同様に私に茶を出して、私の向かいに腰を下ろしていた。側にあった書類に目を通しながら、長く下ろされた髪をかきあげる。気を抜けば、すぐに彼に目を奪われていった。
「....Aは術師、やっていけそうかい?私と少し違えるとは言え、同じ呪霊操術の使い手として心配していたんだ」
『ご心配どうも。私は私なりに、上手くやれているから問題ない。死ぬの怖いし、辞めたいとは思うけど』
態度や言葉遣いはあれでも、これが私の本音だった。
欲を言うなら夏油の後を追いたい。
でもそれを、誰も許してはくれないから。
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むぎ(プロフ) - カナさん» 素敵なお言葉、大変嬉しいです!!!!☺️私も二人の幸せを願ってやみません、どうか一緒に最後まで見守っていただけると幸いです。 (1月29日 23時) (レス) id: 1e000180a9 (このIDを非表示/違反報告)
カナ - 切なすぎて最後がくるのが待ち遠しい反面悲話にならないで欲しいとただひたすらに願っています。それくらいこのお話が大好きです。 (1月28日 21時) (レス) @page41 id: cd1392beae (このIDを非表示/違反報告)
むぎ(プロフ) - りんごさん» 嬉しいです!!!ありがとうございます🙌💗 (11月9日 1時) (レス) id: 3893744af8 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 引き込まれました、凄く好きなお話です! (11月7日 0時) (レス) @page26 id: 96e8a3b79d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:むぎ | 作成日時:2023年10月20日 18時