36話 ページ36
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馬鹿らしい会話も、一切として離せない視線も。
その一つ一つがどれほど大切なものなのか、きっと彼も分かっている。だからだろう、用件だけ伝えて去ればいいのに、この時間すらも手放したくない私達の会話は未だに途切れない。
一言二言で済ませられるような自律心は、制御されずに。
「君がまさか術師を続けているとはね、この世界に不満を抱えていたのはAも同じだろう?だからこそ意外だ」
『勝手に決めつけないでくれる?間違っても同類だなんて思わないで』
「はいはい落ち着いてA、生徒の前だよ」
交わしたままの視界を、五条が突然そっと遮った。
私を誑かすなと、包帯の向こうで蒼い瞳を輝かせ意図の読み取れない表情を浮かべた彼に、夏油は微笑を零す。一歩引いた彼から微かに、畳の香りが漂った気がした。
名残惜しい気持ちを、胸の締め付けられる痛みを、五条はきっと知らない。だけど私は反対に、五条が今夏油に抱いている思いを、知る由もない。
全員がこんな雁字搦めな想いを抱くこの状況に、救いは一切として姿を現さなかった。
気を取り直し本題に入った彼は真の目的を口にする。その場の誰もが息を呑み、最悪の状況を脳裏に浮かべた。そんな中私は一人、ポケットの中へ手を忍ばせキーホルダーに触れる。私達の障壁の起因と結びついては、それほどの衝撃に襲われることもなかった。きっと誰も理解には及ばない。でも私は、無自覚にもそれを受け入れてしまっていた。
私は彼のことがどこまでも愛おしくて仕方ないらしい。
切なくなって、苦しくなって、なのにその奥底には必ず愛が滲んでいて。そんな自分が憎らしいのに、そんな自分をいつまで経っても捨てられない。どこにも答えはないと分かっているのに諦められない私を、受け入れてしまったから。
「__来たる12月24日__」
息を深く吸い込み、悪役と呼べるような表情を浮かべた夏油の地を震わす地獄の宣言。
「我々は日没と同時に、百鬼夜行を行う!!」
なのに、こんなにも清々しく叫ぶ彼が眩しく思えた私は、言葉通り貴方に堕ちてしまっているのだろう。
地獄が、生温いような心の拠り所が、じっとりと私の心に纏わりついていく。
「__それでは皆さん、戦場で。....Aもきっとそう遠くない内に、"また"ね」
最後までも、腐りきった希望を残して。
『....ばーか』
その言葉ひとつにどれだけ私が感情を揺さぶられるかを、彼は知っているのだろうか。
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むぎ(プロフ) - カナさん» 素敵なお言葉、大変嬉しいです!!!!☺️私も二人の幸せを願ってやみません、どうか一緒に最後まで見守っていただけると幸いです。 (1月29日 23時) (レス) id: 1e000180a9 (このIDを非表示/違反報告)
カナ - 切なすぎて最後がくるのが待ち遠しい反面悲話にならないで欲しいとただひたすらに願っています。それくらいこのお話が大好きです。 (1月28日 21時) (レス) @page41 id: cd1392beae (このIDを非表示/違反報告)
むぎ(プロフ) - りんごさん» 嬉しいです!!!ありがとうございます🙌💗 (11月9日 1時) (レス) id: 3893744af8 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 引き込まれました、凄く好きなお話です! (11月7日 0時) (レス) @page26 id: 96e8a3b79d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:むぎ | 作成日時:2023年10月20日 18時