34話 ページ34
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環境ががらりと変わり、普遍的と呼べる生活が近頃は続いていた。五条は本気で教員免許を取るらしく、有言実行する彼に感心しながら私は一般的な術師と同じ役目を果たす。硝子は変わらず医務室に入り浸り、学生の頃からは僅かに私達の接点は減っていた。
けれどふと夏油のことを思い出す度に、今大切にするべきものについて考えさせられる。
『硝子、最近ちゃんと食べてるの?見るからに顔色も悪いし、睡眠も摂ってよね』
「....もしかしてA、私の心配してくれてる?変なモン食ったなら診てあげるけど」
『揃いも揃って、私のことなんだと思ってるのよ』
分かりやすい不服を表に出せば、彼女の目元が隈を隠すように弧を描いた。つい先程久しぶりに会った五条にも同じようなことを言われた記憶が鮮明に浮かび上がる。そんなに、人を気にかける私というのは他人からしたら可笑しなものなのだろうか。
自分のことだというのに、到底理解まで及ばない。けれど一つ言えるとしたら、どれもこれも夏油が私に残したものなだけだ。
夏油傑という存在が頭の片隅にあるだけで、私の世界は彩られる。それを本人に明かせる日が来たなら、きっとそれが最期になるんだろう。
言葉というのはこの世で私が最も恐れる呪いの一つなのだから。
『......硝子のことが大好きだから、心配してんの』
「嬉しいこと言ってくれちゃって。言っとくけど、私もだよ」
簡単に零れ落ちる愛は、まるで全てを見通したかのように鮮明な輪郭を帯びて私に微笑みかける。決して浅いわけじゃない。ただ切なさを纏っていないだけ。
夏油が与えてくれた愛の核が、私自身の思いで変化を遂げようともがいている。たとえ今更だろうがなんだろうが、決してそれは邪魔させない。
*
「....そんな顔されては困るな、また仕事に行きたくなくなってしまう」
『別に気にする必要ない、というかいつも通りの顔だし....』
「裾を握る君の指先は正直だというのに....いじらしいね」
彼の言葉に沈黙で応えてみせる。そのまま私の頬に冷えた手の甲が擦れては彼の人生を表したかのような肌が、ざらりと私を愛してみせた。日に日に夏油の手のひらは硬くなり、彼は花瓶に触れるように何かに怯えた視線を向ける。
それが合図であるかのように、少しずつ私達を阻む現実という壁が視界を覆った。もう子供じゃいられない。僅かに歳を重ねただけなのに、その事実は心を酷く抉っている。
いつまで経っても、どこにも戻れないのに。
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むぎ(プロフ) - カナさん» 素敵なお言葉、大変嬉しいです!!!!☺️私も二人の幸せを願ってやみません、どうか一緒に最後まで見守っていただけると幸いです。 (1月29日 23時) (レス) id: 1e000180a9 (このIDを非表示/違反報告)
カナ - 切なすぎて最後がくるのが待ち遠しい反面悲話にならないで欲しいとただひたすらに願っています。それくらいこのお話が大好きです。 (1月28日 21時) (レス) @page41 id: cd1392beae (このIDを非表示/違反報告)
むぎ(プロフ) - りんごさん» 嬉しいです!!!ありがとうございます🙌💗 (11月9日 1時) (レス) id: 3893744af8 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 引き込まれました、凄く好きなお話です! (11月7日 0時) (レス) @page26 id: 96e8a3b79d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:むぎ | 作成日時:2023年10月20日 18時