32話 ページ32
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あれからも逢い引きを繰り返しては、互いの生活の為に一度距離を置く。そんな日々の中、いつしか何事もない一年が幕を閉じた。
そして五条が教師の道を選んだ春、卒業の年。
「
『....余計なお世話。五条の隣を埋めるのは私じゃない』
私は夏油の代わりにはなってあげられない。彼を取り巻く環境が変わりつつある現実の中で、そう思っていた。もう二度と、五条に夏油を超える存在が現れないだろうということも。
分かるよ、その気持ち。
柄にもなく小さく呟いた。こんなにも人を愛したことのない私にとって、夏油は唯一無二の存在だった。もう余所見なんてできないほどに。
五条の気持ちが分かるのに、その言葉の裏で私は意地汚いことを繰り返している。誰の気持ちも、現実も考えずに自分だけを優先した隠し事。
『五条にならできるよ、応援してる』
「....僕の知ってるAはそんなこと言わないはずなんだけど」
『はぁ?一言余計、やっぱり教師向いてない』
「冗談冗談。....傑に顔向けできる教師になれたら、またそうやって笑って祝ってよ」
はにかんで見せた五条の周りに咲いたばかりの桜の花弁が舞っていた。頷けば、心寂しそうに少し目を薄めて卒業証書を撫でる彼。白髪と蒼眼の映える情景を見つめながら、制服のポケットの中でそっと約束の部屋の鍵を握りしめた。
無性に、夏油に会いたくなる。いつもとは違い、今この瞬間に彼が隣で笑ってくれていたらという願望故の"会いたい"。
罪悪感を胸にしながら、私はもう分かりきっている電車の時間を調べた。
*
「おや、おかえり。A」
真っ直ぐにあの部屋へと向かった私は、彼の姿を、彼の声を聞いた途端に持っていた卒業証書も鞄も空に預けてその胸へと駆けた。
少し鈍い音がしながら勢いよく抱きついた私を、彼は驚きの音を上げながらに抱き返す。優しく頭を撫でては「今日はやけに積極的だね」なんて笑った。
そのまま唇を重ねようとするから、慌てて指で塞ぐ。
でももう今となっては私の気持ちを知り尽くしたのか、優しくその手も退けられた。
「卒業おめでとうって、私が一番先に言いたかったんだ」
『....夏油もだよ。卒業、おめでとう』
そんな言葉をかけられるとは思いもしなかったのか、一度目を見開いた彼は何かを噛み締めるように笑った。
誰が何と言おうと、私達はいつまでも四人で一つなのだから。
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むぎ(プロフ) - カナさん» 素敵なお言葉、大変嬉しいです!!!!☺️私も二人の幸せを願ってやみません、どうか一緒に最後まで見守っていただけると幸いです。 (1月29日 23時) (レス) id: 1e000180a9 (このIDを非表示/違反報告)
カナ - 切なすぎて最後がくるのが待ち遠しい反面悲話にならないで欲しいとただひたすらに願っています。それくらいこのお話が大好きです。 (1月28日 21時) (レス) @page41 id: cd1392beae (このIDを非表示/違反報告)
むぎ(プロフ) - りんごさん» 嬉しいです!!!ありがとうございます🙌💗 (11月9日 1時) (レス) id: 3893744af8 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 引き込まれました、凄く好きなお話です! (11月7日 0時) (レス) @page26 id: 96e8a3b79d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:むぎ | 作成日時:2023年10月20日 18時