18話 ページ18
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___目に映ったのは、落としたはずのキーホルダーだった。
崩れた体勢を立て直しながら私は慌てて駆け寄り、震えながらにそれを手に取る。千切れたボールチェーン、少し傷の入った表面。どこからどう見ても、あのキーホルダーだった。
無くしたのに気づいたのは電車から降りてここに向かう途中のこと。元の道を戻って探してもどこにもなくて、最寄り駅以前に落としてしまったのだと半分諦めそうになっていたのに。
....この部屋にあるわけがない。なのにどうして?
その瞬間に思い出す。この部屋に通うのは、私を除いてたった一人だと。
『____げ、とう....?』
名前を口にした途端、私は立ち上がり建物中を駆けた。閉ざされた戸や障子を片っ端から開け、踏み込んだこともない何もない部屋の中で彼の名前を呼ぶ。浅く切れた息が喉を締めても、これ以上探したとして夏油はもうここにいないと理解しても。
『どこ、どこにいるの、やだ、なんで、なんで....っ』
どうすることもできなくなった私は、まだ息が浅いまま立ち尽くしていた。零れ落ちた涙が畳に染みて、嗚咽が止まらない。何度拭っても、それを止める術はなかった。いくら呼んだところで、何も答えないのに。
どこにもいない彼と、残された私の想いの形。
なんで、どうして気づけなかったの....?
私が眠りにつかなければ。たったそれだけで、貴方に会えたのに。そうやって、今更どうにもならない戒めが私に襲いかかる。
今日確かに、彼はここに来たんだ。だからと言って明日に保証はない。一声かけてほしかった、なんて。我儘なことを言っていると分かっている、それでも、募り積もった想いがキーホルダーを見つめる度にそうやって私の心は蝕まれていく。
心の行き場が無くなって、それを握り締めたままの腕を振り上げた。いっそ壊してしまいたくて、もう彼のことを考えるのも虚しくて。
....なのに、頭によぎった渡した日のあの会話も、表情も、拭い切れなかった。夏油が大切だと言ってくれた、このセンスの欠片もないちっぽけなキーホルダーが愛おしく思えて仕方なかった。私には畳に叩きつけるなんて真似、できるわけがなかったんだ。
自身が何をしようとしていたか客観的に理解した途端、その場に崩れ落ちた。彼の優しさを無下にするような行為がどんなに最低なことか、私は分かってるくせに。
『こんな私は、会う資格すらないのに....』
それでも貴方への想いを、叫びたくて仕方ない。
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むぎ(プロフ) - カナさん» 素敵なお言葉、大変嬉しいです!!!!☺️私も二人の幸せを願ってやみません、どうか一緒に最後まで見守っていただけると幸いです。 (1月29日 23時) (レス) id: 1e000180a9 (このIDを非表示/違反報告)
カナ - 切なすぎて最後がくるのが待ち遠しい反面悲話にならないで欲しいとただひたすらに願っています。それくらいこのお話が大好きです。 (1月28日 21時) (レス) @page41 id: cd1392beae (このIDを非表示/違反報告)
むぎ(プロフ) - りんごさん» 嬉しいです!!!ありがとうございます🙌💗 (11月9日 1時) (レス) id: 3893744af8 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 引き込まれました、凄く好きなお話です! (11月7日 0時) (レス) @page26 id: 96e8a3b79d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:むぎ | 作成日時:2023年10月20日 18時