12話 ページ12
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「私はこれから毎日、ここに通うことにするよ」
『....何が言いたいの』
「言葉通りの意味さ。どう受け取るかは....ね」
別れ際、玄関の柱に寄りかかる夏油の言葉に足を止めた私は一瞬息を呑み、あしらうように返事をする。どんな意味なのか分かっているくせに。
私がその気になれば、いつでも彼に会いに行ける。
どうして夏油がわざわざそんなことを遠回しに伝えたかも、その真意も汲み取れない。けれど私にとっては益でしかないからと、それ以上考えるのは辞めた。
毎日通うなんて言葉の時点で、彼も少なからず私が会いに来ることを望んでいるように聞こえてしまったから。思い上がりなのかもしれないけれど、私達の関係上本音を知ることなんてできない。なら今はまだそう信じ込んでもいいでしょう?
問いかけに応えるものは何もない。たとえ自分の都合の良いように動きすぎているとしても、それを逃すような真似はもうしたくなかった。
『変な人、馬鹿じゃないの』
「そうだよ馬鹿らしいだろう?でも、君との約束は守りたいからね」
約束。互いの利益の為という、外面で私達の関係を保つだけの合言葉。
最初は、ただ私のことなんて興味はなくて呪霊欲しさにもう一度呼びつけられたものだと、そんな予想もしていた。彼の中に残っていた優しさが、あの日の口付けに応えてくれたんだと。そう考える方が現実味を帯びていたから。
....でもそれもほとんど欠落している。証明したのは、今日の彼自身だ。だからと言って答えがそこにあるわけもなく、余計に悩むだけ。だから夏油のことを頭の片隅にまで追いやることに決めた。少なくとも、今日はもう。
*
「あ、いた。せんせーが報告書早く書けってー....A?何してんの」
『定期、買おうと思って。丁度今調べてるの』
「へぇ、どっか通うとこでもあるの?」
『....ちょっと、行きつけの店ができたから』
夕方の教室、私を探してくれていたのか教室に顔を出した硝子が私の携帯を覗き込む。適当に思いついた嘘ですらも疑わず、納得した意を見せた彼女は目の前に腰を下ろした。
以前よりも吸う数が減っていた煙草の代わりにシガレットを口に咥える様子を見ながら、少しずつ環境が変化していることを実感しつつあった。
....硝子になら、いつか言えるだろうか。いや、無理かもな。
夏油と会う口実が外面であろうとも、それはもう暗黙の了解へと化している。
"約束"はきっと、私達以外の介入を許さないだろうから。
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むぎ(プロフ) - カナさん» 素敵なお言葉、大変嬉しいです!!!!☺️私も二人の幸せを願ってやみません、どうか一緒に最後まで見守っていただけると幸いです。 (1月29日 23時) (レス) id: 1e000180a9 (このIDを非表示/違反報告)
カナ - 切なすぎて最後がくるのが待ち遠しい反面悲話にならないで欲しいとただひたすらに願っています。それくらいこのお話が大好きです。 (1月28日 21時) (レス) @page41 id: cd1392beae (このIDを非表示/違反報告)
むぎ(プロフ) - りんごさん» 嬉しいです!!!ありがとうございます🙌💗 (11月9日 1時) (レス) id: 3893744af8 (このIDを非表示/違反報告)
りんご - 引き込まれました、凄く好きなお話です! (11月7日 0時) (レス) @page26 id: 96e8a3b79d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:むぎ | 作成日時:2023年10月20日 18時