死霊捜査官【d!】 (ページ10)

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．陰府に下りページ10

暗い、暗い。

　世界は死んだ、肉は死んで骨も死んだ。枯れ切った骨は踊り狂ってまた目覚めの時を迎える。それが私の世界。しかし、今回ばかりは私の世界も死んだようだ。身体は消え去った、只霊のみがこの地上を彷徨っている。

「はぁ…何だってんだ、此処は。」

　少し歩けば死霊のどよめく音が頭に響き渡る。普通の感覚ならば少し聞くだけで心が張り裂けてしまいそうな、傷ましい音だ。そして死霊というのはどれもこれも皆首から上がない。彼らは例の首無心中の犠牲者なのだろう。しかし、私はというと生来の姿でこの地に降り立った。ということは彼らの首の行方は此処の何処かにあるはずである。

　此処の死霊を見ていても例の彼の姿は見当たらない。如何やら彼は首無心中の犠牲とはなっていないようでほっと胸をなでおろす。まぁこの事件は一人でも死ぬことが判明しているわけであるが、もし心中ならば彼と契りを結んだ幾千の女が此処にいるはずである。その点では女癖を直さなければ彼は別件で命を狙われるだろう。

「おい、そこの。喋れるか？」

　適当にそこにいた死霊に声を掛けてみればヴ…ヴゥ…と呻き声を上げながら私の声に反応した。只、口がないから喋れる訳もなくはぁ…と落胆しているとゴゴゴゴ…と突如として地響きが辺りを包み込んだ。それは少し遠くの方から起こっており、その響きが何度も空間を襲う度に死霊たちのどよめきが大きくなっていった。ハリケーンが去った後の稲穂のように倒れている死霊の姿から察せられるに彼らは此処から逃れられないようである。

　私はその地響きの元凶の方へ近づいていった。その先へ進めば進むほど死霊のどよめきは強くなる。そしてその先に私は見た。黒い、黒い、塵の塊を。そしてその塊は此方の方をじろりと見る。まるで遺失物を見つけたかのように歓喜の咆哮を上げると黒い塵の塊は私の方へと向かって走ってきた。

「しまっ…」

　私の逃れを妨げるかのように死霊たちは手足へと絡みつく。身動きの取れないまま次に来る衝撃に瞳を瞑る。これは浅慮であったと少しばかり自分を呪ったその瞬間である。

「〈静まれ、私こそが神であると知れ。〉」

　私の視界を温かく、大きな手が包んだ。それと同時に、微かにバニラがかった紫煙の香りが鼻孔を擽る。背後から抱きしめられるその感覚にそっと身を委ねれば、あの向かってくる黒い塵の塊ははぴたり動きを止めた。