死霊捜査官【d!】 (ページ9)

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．安寧秩序、此れ何処ページ9

すると、例の如く首の無い亡骸は黒い塵へと変わり果てていった。塵は空へと雲散霧消し、やがてそこには何も無くなった。いや、はじめからそこには何もなかったかのように風はひゅるりと嘲笑う。院長先生は手を男の上に置いてそして言った。

「安心してこの町を出ていきなさい、旅人さん。貴方の師匠は救われました。」
「…ありがとうございます。此れで師匠も安らかに過ごせることでしょう。」

　瓶底眼鏡の奥にあるマンダリンを少し細めて男は笑った。一連の行為が終わった為辺りからは一人、また一人と観衆が立ち去っていく。男は依然としてその場に膝をついていると、見兼ねたのか、それとも善意からか不明であるが院長先生は彼に声を掛けた。

「朝も早い事です。少し病院で休んでいきませんか？」
「えっ、良いんですか？」
「お茶くらいはお出ししますよ。」

　その厚意に甘えて男は病院の内部－と言ってもホテルの一室のような場である－に案内された。暖炉には薪がくべられ、パチパチと爆ぜる心地の良い音が男の耳を擽った。どうぞと差し出された珈琲は、先日町の喫茶店で出されたものには及ばないが良い香りが漂っている。

「院長先生は此処に来られてどのくらいが経つのですか？」
「ん、そうですね。この病院は5年程前に建てました。その前までは首都の大学で勉強をしておりまして…」
「へぇ、それはそれは。どおりでこの町のなまりがないと思いました。」
「よく聞いておられることで。貴方こそ、首都から来られたにしては少しなまりのある言い方をされますね。」

　男はふと口元までやった珈琲のマグカップをそのまま机に降ろす。珈琲のマグカップを持たない右手の方を院長先生はじっと見るとそのまま珈琲を一口飲んだ。

「へへっ、そうですね。田舎者なんで隠しているつもりやけどばれるもんはばれるみたいですね…」

「そうですね、このコソ泥野郎。」

　その一言を皮切りに、院長先生はひどく煮え切った泥水(コーヒー)を男に向けてぶちまける。予想外の行動に男はうわっと驚いて、それを間一髪避け切った。そして先程から懐の方を離れずにいた右手はブローニングM1900を取り出してすぐさま構えの態勢に入る。

「やっぱ、あの珈琲飲まんで正解やったみたいやな。…えっ？」

「主が貴方を祝福し、守られるように。」

　捉えていたはずの場所ではなく、男の背後からあの声がする。その祝福を耳にした瞬間、男の意識は深淵へと導かれていったのであった。