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「もう今日は閉店しましたし、お客様は何のご心配もなさらなくて大丈夫です」
『えっ、嘘。しかも閉店したって……』
「お客様がいらっしゃる間は延長して営業してるんです」
"というか、今日の場合は先程お誘いした時点でもう閉める時間は過ぎていたので"と優しく笑う。
今の時間は22時半。
だけど、確かこの喫茶店は20時まで。
『ごめんなさい私のせいで』
「いいんですよ、僕から誘いましたし。そのおかげで一緒にお酒飲めてるんで…って、なんか口説いてるみたいですね、すいません」
お互い謝って、ぎこちない雰囲気。
「名前、お聞きしてもいいですか?」
『Aです』
"Aさん、うん。可愛い"
年上に見えないくらい無邪気に笑う松倉さん。
『あの、さん付けってなんか仕事以外の場面だと苦手で』
「じゃあ、Aちゃん?」
『そっちが良いです』
年齢と名前を教えあっただけなのに、一気に距離が縮まった感じがして
お酒のおかげか会話が弾んで、時刻は23時を過ぎていた。
松倉さんと話していると、元彼のことなんて忘れていて、さっきまで号泣していたのが嘘みたい。
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「遅くまでお付き合いいただいて、本当にありがとうございました」
『こちらこそ、色々とサービスしていただいて嬉しかったです』
結局片付けが終わるまでお店にいて、裏口から松倉さんと一緒にお店を出た。
いつの間にか止んでいた雨。
私が泣いていた理由は聞かれなかった。
年下だからタメ口でいいですよと伝えると、じゃあお言葉に甘えて、なんて。
たまに敬語混じりになる違和感のあるタメ口の松倉さんはおもしろかった。
きっと、この喫茶店の居心地がいいのは、この程よい距離感があるのかも。
松倉さんの人柄に触れて、もっとここが大好きになった。
「俺 家こっちなんですけど、Aちゃんは電車?」
『……あ、』
帰る家がないなんて、こんなところで言えない。
「聞かれるの嫌だった?ごめんね」
『いえ、嫌とかじゃなくて……』
言ったら、絶対に気を遣わせちゃう。
だからと言って、駅に行っても電車に乗って帰るところなんてないし。
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作者名:愛生 | 作成日時:2022年9月25日 18時