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男は手に持っていた小さな箱を開け、中に入っているリングを女の薬指に嵌める。ピッタリはまったそれはシルバーの余計な装飾のついていないマリッジリングだった。
「好きだよ」
男はそう言って女にキスを落とした。暖かい手が女の頬をなぞる。
彼の冷たい手が。自分の唇を啄んだあの薄い唇が。人工的なあの香水の香りが。あの彼の全てが恋しく思って、女はポロッと、白い肌に涙を落とした。
女の涙にも気が付かない男は欲を晴らすとふっと気絶したかの様に眠りに落ちた。
女は重い体を起こし、愛おしかった隣に眠る男に目をやる。
もう殺してしまいたかった。
棚に入った薬を口に含めば、無理矢理飲み込む。男を起こさない様にベッドから降り、風呂場を目指す。
シャワーを浴びれば、あの男の匂いが自分から消えて行く感覚に妙に解放された様な気分になって、心地よかった。
風呂を上がれば真っ黒な服を着て、足音を立てない様に玄関へと向かった。そっと扉を開け、街灯の照らす道へ出る。
何も持たずに、いつもの軽いサンダルを履いて。
彼女の頭にあるのはあの自分をあの男から解いてくれた彼の顔。
真夜中に街頭で照らされた道を女は楽しそうに、まるで新しい可愛らしい靴を母に買って貰った少女みたいに、駆ける様に歩いて行く。肌を刺す寒さを気にも止めずに、軽い足音を響かせて梵天の隠家へと入る。
「逃げて来た？」
「うん」
ソファへと腰掛ける男は相も変わらずにその真っ黒な瞳を女へと向けた。
あの男はきっと何処までも自分を追いかけてきて、もし、見つかったら、捕まったらそれこそもう逃げられない。
女はあの男から逃れたくて警察にも行かずに佐野の元へ来たのだ。女にとっての頼りになるヒーローは彼なのだ。
例え世間から見た彼が悪役だったとしても。
「もうあの男と会えないけど。覚悟できてんの」
女は佐野の目を見詰め、頷いた。
佐野はしっかりと其れを確認すれば黒いソファから立ち上がり、女の方へと足を進める。
「待っててくれてありがと」
「ん。疲れたでしょ。寝な」
女をソファへと連れ、横になる様に促した。彼女は柔らかい白のソファへと体を沈め、横を向く。
「おやすみ」
佐野は寝転んだ彼女の頭を軽く撫でる。石鹸の香りがする艶やかな髪が指先に絡まる。
その優しい手つきに安心すれば女はゆっくりと夢の中へと落ちていった。
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湊嘩(プロフ) - 初コメ失礼します。作者様の作品はこれが初めてだったのですが、表現力や語彙、文章力が凄まじくて一気読みしてしまいました。私の語彙力が低くて申し訳ないのですが、本当に面白かったです。長文すみません。本当にありがとうございました！ (2021年9月21日 19時) (
レス) @page30 id: 1ab5df6e8d (このIDを非表示/違反報告)
苺ミルク飴(プロフ) - 完結おめでとうございます！文章力とか語彙力が素晴らしすぎて、何回も読んでしまいます！すごく読み応えがあって、とても面白かったです！素敵な作品をありがとうございました！それとお疲れ様です！他の作品の更新等頑張ってください！応援してます！ (2021年8月24日 12時) (レス) id: 976df8db05 (このIDを非表示/違反報告)
ましゅまろぽっぷ(プロフ) - とっても面白いです！応援しています。更新頑張って下さい (2021年8月4日 12時) (レス) id: 0077bb053c (このIDを非表示/違反報告)
ユキ(プロフ) - いつも楽しく読ませてもらってます！更新お待ちしてます！！ (2021年7月24日 23時) (レス) id: 631cb64e08 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：田中 | 作成日時：2021年7月4日 16時
