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加藤｢ただいま｣
『おかえりなさい』
仕事から帰ると部屋に明かりがついていて、
本を読むキミがこちらを振り返って微笑む。
スリッパを脱いで膝を小さく折り曲げ、
ソファに背をもたれて体育座りしている。
Aはいつも、気がついたらこの体勢だ。
こんな広い部屋で
わざわざそんなちっちゃく縮こまることないのに。
すみっこに居たがる習性なのか？。
そんな姿を横目に
俺はさっさとマスクを外してゴミ箱に捨て、
台所の蛇口を捻って手を洗う。
洗面所に向かうより
一時足りとも視界から外したくないのだ。
そのくらいに俺は彼女に惚れている。
加藤｢なーに読んでんの｣
『これ、面白いね。』
小さな背中に自分の身体を寄せて、
彼女の手のひらに包まれた本を覗き込む。
ページ数はちょうど折り返しくらいだろうか。
"
p150
｢K君はとうとう月世界へ行った｣と思ったのです。
(中略)それは域はK君の死の謎を解く一つの鍵であるかもしれないと思うからです。───
"
色鮮やかな
梶井基次郎の｢檸檬｣。
最近縁があって、読み直そうと
新しく本屋で買った文庫版のものだった。
加藤｢おー。お目が高い。
それ俺がこれから読もうとしてたやつ。｣
『あら。横取りしちゃった？ごめんなさい笑』
加藤｢いいよいいよ。笑
読み終わったら感想聞かせて？｣
『えっ、それってネタバレじゃ』
加藤｢ん？いや別に知ってるし。わりかし前に読んだことあるから、高校生のときとか。｣
『へぇ、読んだことあるんだ。？』
加藤｢お前も読んだことあるだろ？
ほら、高校の教科書に載ってたしさ。現代文の。｣
『………いや？』
加藤｢えっ、載ってなかった？｣
『私のには載ってなかったと思う。
…うーん、覚えてないだけかも。』
加藤｢そっか｣
年代が違うから？それとも地域差？
少なからず檸檬の冒頭くらいは知ってると思ったが、
彼女はすっとぼけた表情を浮かべて
どうにか頭の中の記憶を巡らせているよう。
忘れたのか。それとも、
はなから記憶に存在すらしていないのか。
関係ないけど俺は、
この子の口から｢覚えてない｣だの
記憶に関する言葉を聞きたくなかった。
…なんとなく後ろめたいのだ。
加藤｢腹減った。夕飯何作ろっかなー｣
『あ。言われた通り今日スーパーで野菜買ってきたよ』
加藤｢お。冷蔵庫が充実してる｣
『じゃがいもが安かったよ』
今はポトフを煮込むことに集中したい
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作者名：白うさぎ | 作成日時：2022年11月29日 15時
