33幕 ページ34
荒れた廃寺の長い石段の途中で、気を失っていた志穂は目を覚ました
苔むした辺りには薄っすらと夜霧がかかっている
頭をもたげて先を見ると、轟々と燃える焚き木のそばに男がひとり、煙草をふかしていた
「……」
その男の顔をよく見ようとして目を細めれば、後ろ手に縛られた手首がじりじりと痛んだ
「目が覚めたか」
笠を被った男は傍らの刀を掴むと、大きな足取りで志穂のすぐそばまで石段を登ってくる
志穂はじっとその男を睨むように見ながら何とか身を起こした
「ほう、生きている内に一度は会っておきたいと思っていた。お前が維新の名花、桜木か」
「……」
「そう睨むな。何もお前を取って喰おうって訳じゃないさ」
「剣心の力を削ぐため…いうことやなさそうやな貴方は…」
志穂の言葉に黒笠は不気味に嗤った
「お前を人質にすれば抜刀斎は怒る。怒りは奴を往年の人斬りに立ち戻らせる」
まさかと思っていたことが現実になってしまった
全ては自分のせいだと痛感しても、目の前の男からはもう自力では逃げられない
自他の力量を悟る剣客のような勘とはいかないが、己の中の何かがこの男は只者ではないと教えていた
「知らない訳はなかろう。人斬り抜刀斎の…話に聞くだけで鳥肌が立つ程の強さをな」
そして刃衛は煙草を握り潰し、怪しく呟いた
「その男とギリギリの一線で殺し合う…一番面白い人斬りだ」
満月がかんと冴えた冷たい晩だった
手の中の時計が零時を指す
刃衛は静かに志穂のそばで立ち上がった
「さあ、お喋りの時間はここまで。楽しいひとときの始まりだ」
「剣心！」
その時木々の向こうから姿を現したのは紛れもない彼だった
「剣、心…？」
けれどその雰囲気は志穂のいつも知っている彼ではない
「…怒ってるな」
刃衛は現れた剣心の気を感じて見てにやりと笑った
「志穂を巻き込んだ貴様と、それを阻止出来なかった俺自身にな」
「……！」
志穂の背中を冷たい汗が伝った
敵を前に俺、と言い放った剣心の声に全身の血が下がっていく
「剣し…」
まさか、すでに彼は人斬りにーー…
「怒れ！怒れッ！」
「…っ！」
だが志穂に考えている時間などなかった
突然、着物を掴まれ地面へ突き飛ばされた身体は、石段を転がり落ちる
それを一足飛びで越えた刃衛は、剣心目掛け刀を振り下ろした
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