26幕 ページ27
浦村署長から通称 黒笠事件の事を聞いた日の夜
物騒な事件のさなか、座敷へと出向かなければならない志穂を送るため、剣心は志穂に寄り添って堀川沿いの石畳みの道を歩いていた
ちょうど彼岸入りの時季であり、川には灯りの入った灯籠がいくつも連なって緩やかに下っている
その灯りは夜更けの道も提灯なしに歩けるほどに、ぼうっと明るい
志穂は袖ぐるみに琵琶を抱えて、春彼岸の風物詩を眺めながら、一歩前を行く剣心の後ろを歩いた
「黒笠…って言うてたね。拳銃警官も皆斬り捨てるなんて」
志穂はひとり言のようにぽつりと言った
剣心は灯籠を眺めていた視線を足元に落として、懐に手を組んだ
「奴は妖術紛いの秘術を操るでござる」
「うん…?」
「心の一方。二階堂平法に伝わる秘技中の秘技…」
志穂は静かに話し出した剣心の声を聞いた
「人は思い込む事にもろい」
それは志穂の知らない、剣に生きる者のみぞ知る人斬りの世界の話だった
病にかかったと思えば本当に体調が悪くなり、呼吸が出来ないと思えば本当に息が苦しくなる
その心のもろさを突いて、高めた剣気で相手の動きを封じるーー…
開祖のみが使えたという奥義
「人を斬り続ける余り、本来の目的も意志も見失い、血の色と匂いだけに心奪われてしまったのでござろうな」
「剣心?」
「明治も十年過ぎたのに、まだその様な者がいようとは…」
「……」
剣心は草鞋の擦れる音をさせながら、一歩一歩と歩む
志穂もいつになくゆっくりとしたその足取りに続きながら、ぼんやりと彼の言葉を繰り返した
人を斬るにあたってその者の人生など、これっぽっちも考えてはならない
親や子のことを酌量するようでは人斬りなど務まらない
人斬りとは本来、黒笠のような男のことをいうのではないか
志穂はそう感じた
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