【０】遠望の風音 [ｶﾉﾝ] ＊Prequel＊

＊ ページ12

これが初めて彼女と顔を合わせた時、ただ“本の整理を手伝ってほしい”
というだけの依頼にお金を貰うのは申し訳なく思って居た彼が暫し考えた結果だ。

更に彼女の現状を踏まえた上で、料金に見合った更なる仕事を成そうと言う。

言葉の裏に彼の思いやりを察知した詩音は、何となしに手元の本を見つめながら
誰かが指し示してくれた、未来への道筋へと思いを馳せた。



「……そう、ね」



資料庫の全貌を大まかにでも知る為の努力なら怠らないつもりだし、
調べがてら案内人になってみるのも悪い話とは思えない。

何より、資料庫の隅に腰掛けている兵士よりは遥かにマシな仕事をする存在だろう。


兵士のように鎧を身に纏って近づきがたい雰囲気になる事もないし
それが人当たりの良い者であったなら、人々も少しは此処へ通いやすくなる。

──寧ろ何もせずに本の虫になるより、遥かに良い話なのかもしれない。
思い至って、曖昧に頷いた詩音は自信無さげに白羽の声に応えた。



「そこまで言ってくれるのなら、少し考えてみるわ。
あんまりに急な話で戸惑っているから、時間が掛かるかもしれないけれど……」

「慌てなくても良いさ、君が納得するまで付き合うよ。これも探偵の仕事だ」



白羽は、詩音のその反応がまるでわかっていたかのように穏やかに笑う。
人当たりが良いって、彼のような人の事を言う訳なんだろうが。

その彼を目の前にし、果たして自分の性格や愛想や、そもそも人当たりが
良いかどうかと問われると、正直自分じゃわからないと叫びたくなるところだ。



「けれど、そんな事まで貴方に依頼していないわ。悪いわよ」

「いや……元々、依頼料に見合わない仕事だと思って居たから、気にしないで」


「そうなの?」

「うん。何処にいるかもわからない迷い猫や探し人の依頼なら話は別だけど
資料庫の内容ばっかりは、僕の場合は探す前から確実にわかっているからね」



こんなに手間が掛からない依頼なのに、それ以上の金銭を貰うと面子も立たない。
当然と言えば当然だが、白羽も探偵という仕事に誇りを持って生きている訳だから。

詩音が申し訳なく思う必要など何処にもないのだ、と白羽は苦笑した。
これで内容によっては、ようやく少しは見合った仕事になりそうだ。

それにしたって、出会った当初から随分健気な少女だと感じさせられているものの。

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