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「"三四郎"と"それから"か、中々良いセンスをしているな」
私の腕に抱えられた二冊を見てそう言ってきた。確かに夏目漱石と言えばの有名どころは抱えていないが、その上から目線がなんとも悔しかったりする。
「本は好きなので!」
抱えていた三四郎に力がこもった。
高校生になってからというもの、私の中の概念に新鮮な空気が注ぎ込まれている。
今現在の出来事もその一つであるだろう。
「夏目漱石も良いが、お前にはこっちの方が似合っているのではないか?」
隠れていた右手の方には舞姫ではなく島崎藤村の"初恋"が握られていた。
初恋という言葉が私に火照った感覚を走らせる。
正に今私が経験している出来事を持ってくるなんて、どれだけこの人は目敏いのだろう。
私を刺激してくるその本を早く閉まって頂きたい。
「揶揄わないでください!」
「揶揄ってなどいない」
ペラペラと初恋を捲り出すその指先も本棚に置かれた舞姫もまるで私を挑発している様で何とも言えない感情が沸き出す。
性格に合わない文豪の本を持っているところも、普段抱かない感情とむず痒い感覚が押し寄せてきた。
「思ったことを言っただけだ、それにお前が恋をしているなんて俺は知りもしなかった」
一歩一歩私に近付きながらそう言う。
ああ、この顔は策を企てている顔だ。
きっとこの人は私の今の感情もそれを抱いている相手も全部お見通しなのだ。
文豪の考えにも文章にも勝ってしまう様なこの人の策を、私はなんとか耐えなければならない。
私を呼ぶ酒井くんの声と一緒に、この人に抱く恋という感情が私の中で明確になった。
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作者名:藤の花 | 作成日時:2022年11月13日 23時