天鵞絨の世界 (ページ2)

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『シゲくん？』

「ん？あー…
俺、寝てた？」

身体を起こすと背中からブランケットがはらりと落ちる。

「嘘。もう8時過ぎてんじゃん」

『うん。だから、そろそろ出かけるよ？』

「わりぃ。寝ないつもりだったんだけど」

『別にいいよ。シゲくん一睡もしないで運転してきたんでしょ？』

もちろん俺が寝たくらいでAは怒ったりしないんだけど、俺が嫌なんだよ。

せっかくのAとの時間を2時間も無駄にしてしまった。

だったら無理に夜中に高速飛ばしてこなくたって、始発の新幹線で来たって良かった。

いつもみたいに俺は軽自動車の後部座席に乗り込む。

一応近所の目を気にしてってやつだけど、だったら俺の車が堂々と停めてあるのは大丈夫なんだろうか。

初めて会った日も、Aはこの車に乗っていた。

───────

とある番組のロケで、東京からこっちに移住してスローライフを楽しむ夫婦の取材をした帰り道。

出発して30分程が経ち、半分眠りかけていた俺は大きく揺れた車の窓に軽く頭をぶつけて目を覚ました。

「JAF、ここまで来るのに1時間以上かかるそうです」

「マズイなぁ、加藤さん新幹線間に合うかな」

「とりあえず、タクシー呼んでみる？」

狭い山道でロケ車が脱輪。

まぁ崖下に落っこちなかっただけ良かったけど。

夜にもう一つ仕事が控えていた俺は、直ぐに新幹線で東京に戻る予定だった。

「すいません！乗せてってくれるって人がいたんですけど」

どこかに行ってたスタッフの一人が駆け寄ってきた。

真っ赤な車は、少し離れた所からでも目についた。

運転手は自分と同じくらいの女の人。
ナンバーからしても地元の人なんだろう。

通りすがりの一般人。
しかも、年頃の女の人の車に乗るなんて多分ダメなやつ。

だからこそ、その場で直ちに箝口令が敷かれた。
申し訳ないけど、その彼女にも。

なんとか加藤さんを15時までに駅まで送り届けてください。
そしてこの事は忘れてください。

こんな意味不明すぎる要求に、何故かAは快く頷いた。