幼き思い出の一つ ページ1
降谷零side
僕が昔、まだ子供だった頃の話だ。
君に初めて出会った時の事さ。
君はきっと忘れてしまったかもしれないけど、僕は覚えているよ。
あの頃、僕は初恋の女医さんともう会えなくなってしまって、その反動か、衝撃か、また喧嘩が増えてしまったんだ。
公園で一人、蛇口から溢れる水に傷口の血と、自分の涙を誤魔化すように洗い流していた。
「……っ。」
傷の痛みのせいか、揶揄われ勝てなかった喧嘩の悔しさか、それとも別の理由なのか。
どうしてかわからない溢れ出る涙を必死に拭う。
そのときだった。
『お兄さん、どうしたの？』
突然、後ろから声がしたんだ。
女の子の声だ。
咄嗟に振り向いた。
もちろん、涙を隠すようにして。
するとそこにいたのは、暖かい風になびかれた赤い髪の少女。
聞こえた声が落ち着いたものだったから少し年上の女の人かと思ったけどそこにいたのは僕よりも背の低い、巫女のような格好をした女の子だった。
「な、なんだよお前。」
『…私は、…ただの通りすがり。ねえお兄さん、どうして泣いてるの？』
「な、泣いてなんかねえよ！あっちいけよ！」
『……嘘はダメだよ。』
「嘘なんかじゃ…」
少女は近づいてきた。
「く、くるな！」
『…子供はね、嘘ついちゃいけないんだよ。』
「何言って…」
『子供は素直じゃないとダメ。だって大人はみんな嘘ばっかりだから。』
「は？」
『…嘘は大人になったらつくの。だから今はダメ。』
「…いみ、わかんねえ。」
彼女は話をしながら僕の頬と腕に絆創膏を貼った。
『私には必要ないからあげる。もう、怪我しないでね。』
「…お、お前なんなんだよ…」
『……じゃあね。』
そう言って彼女は走り去った。
あれから18年近く経つ。
僕は、名前も知らないその子を忘れることができなかった。
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作者名：杏 | 作成日時：2022年5月15日 20時
