【うらたぬき】耽溺/菊香 ページ5
ミシ、ときしむ音で意識が戻った。
少しだけ目を開けると、見えたのは埃がかった木の床。
今まで誰も使っていなかった倉庫を開けたような古臭いにおいが鼻を通る。
と、その時、自分の置かれた状況に初めて気づいた。
見たことのない空間。
ここまで来たという記憶のない頭。
床に無造作に置かれていた制服姿の私。
( これはもしかしなくても、 )
誘拐。
頭の中に現れた普段の日常じゃテレビで見るくらいしかないそのワードに、一気に全身の鳥肌が立つ。
どうすればいいんだろう。本当に誘拐?いやでも、私ここに来た記憶ないし。逃げる?誰かに助けを、
冷静さを失った頭はもはやなんの役にも立たない。
ひたすらいろいろな考えばかりが浮かんで。ますます自分を怖がらせる要素にしかならないのに。
その時、ペラ と聞こえた紙の音にビクッと体をこわばらせて思わず息をするのも止めてしまった。
誰か、いる。
起きたことを気づかれないように、身体は横たわらせたまま必死に目だけを動かして状況を探る。
見えたのは、大きな本棚とその横の机。そして机に向かって座る、誰か。
薄暗い照明の中、こげ茶の髪を目にした瞬間心臓が一気に動き始めたのを感じた。
この人が、この男が、私を攫ってきた誘拐犯なのかもしれない。
部屋にいるのは私とこの男の2人だけらしい。
一体、どうすればいいんだろう。
敵がすぐ傍にいることに気づき、一気に冷えた頭で冷静に考える。
3スマホで警察に連絡できたらいいんだろうけど、ポケットには入っていないし見た感じ私のリュックも何処かへいってしまったので、スマホの行方が分からない。
どうすることも出来ない状況にパニックになりそうな中、落ち着け自分と音は出さぬように深呼吸をする。
こういう時、冷静さを失うのが一番まずい気がする。なんとか冷静さを保たないと。
けれど、どうにもできないこの状況。
幸いにも、男は本に夢中になっていてこちらに気づく様子はない。
しかし、なんとも部屋の雰囲気が不気味だ。
薄暗い電球をはじめ、家というより小屋と言ったほうがしっくりくるような小さな板で囲まれた空間。
埃っぽい空気と、天井にかすかに見えるのは恐らく蜘蛛の巣だろう。
そして本棚にびっしりと詰められているのは、辞書のように分厚い本。本屋で見るようなハードカバーの本ではなく、歴史がありそうな古臭い本がどうもこの雰囲気だと不気味に感じる。
と、その時、身体がぴたりと動かなくなった。
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