百七十歩 ページ42
驚いた顔をした先輩は、すぐに悪役のような顔で笑った。
｢…フッ、そうね…眠気も覚めるような悪夢を見せてやるわ｣
さっきまで俺達が悪夢見せられたんだよなぁ…って顔でこっち見んなジャミル君。
今はなかった事になってるんでしょ、それは。
｢それにしてもネージュは気さくですね、会ったばかりの俺に両手握手してくれましたよ｣
NRC生の俺にそんな事します？ってヴィル先輩に真顔で言ったら、何でか知らんがルーク先輩がこっち見たよね。
…瞳孔開いてない？獲物じゃないです俺。
裏切ってないですよ、別にネージュに傾いたとか無いですから。
俺はルーク先輩ガチ勢です。
心の中で言い訳しまくっていた俺に、ルーク先輩の真意などわかる訳もなかったのです。
プロ根性って凄いよね。
怪我なんてわからない程激しく踊り、伸びやかに歌うヴィル先輩に観客席の誰もが騙されている事だろう。
関係者席で監督生と一緒に皆のパフォーマンスを観ていた俺は、改めてすげぇ人だと思った。
それについて行った皆も凄い、努力って報われるんだなぁ…とちょっと目頭が熱くなった。
ステージから降りるまで、ヴィル先輩は完璧を貫いた。
笑顔に苦痛は滲む事なく、足取りに不安も感じさせない。
観客の求めるヴィル･シェーンハイトがそこに居た。
彼等がステージから降りる間際、そそそっとステージ袖に移動する。
ステージの袖に引っ込んだ彼は、ルーク先輩の肩を借りていた。
多分ボロボロと言っても過言ではない。
それでも、彼は彼でいた。
きっと、結果が出るまで彼は皆の望むヴィル･シェーンハイトでいるのだろう。
椅子を用意して座らせると、テーピングを外して冷却スプレーを掛けた。
控え室で見たのとは打って変わって、その足は赤く腫れ上がっていた。
｢…よく踊れましたね、マジで｣
｢当たり前でしょう｣
そう返す顔は歪んでいたけれど、強い。
強がっている、とは違う。
彼の強さ、頻繁に口にしていた力というものなのだろう。
｢痛み止めです、飲んでください｣
｢有難う｣
躊躇いなく飲み干して、彼は俺を見る。
｢テーピングして｣
｢もうですか？｣
｢余計な連中に見られたくないのよ｣
もう少し休ませた方がいいと思うけど、と言いかけたけどやめた。
先輩の目の鋭さもあるけど、それ以上に焦りも見えたから。
弱さを見せたくない、と物語っていたから。
黙ってテーピングをしていく。
さっきよりもキツく、確りと。
それでも先輩は何でもない顔で歩くだろうから。
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作者名：きない | 作成日時：2021年1月13日 18時
