チグリジア 2

どきどき ページ36

あの後、約束通りひばに歌と発音のレッスンを施した。もう仕上がっていると言っても過言ではないのに、彼は本当に歌が好きなのだなと実感した。

私も負けてられないと駆り立てられる競争心から、余計に仕事に専念した。もうローレンともしばらく連絡をとっていない。前は毎日のように通話をしていたのに。

『待ってしすから通話きた』

『またしすこさんか』

『お風呂通話してくる』

『は〜い』

『終わったらかけ直すわ』

という定番のやりとりも随分していない。私もなかなかだったけど、しすこさんもかなりローレンと連絡をとっているようだった。そんな人気者の彼は連続でFPSの大会に出場しているようで、練習漬けの日々。らしい。ひばから聞いた話しだ。

彼もローレンの弟子の1人で、今大会ではデュエリストといういわゆるアタッカーの役割を与えられるそうだ。今は確かCRCUPが進行中のはず。

どちらの大会でもローレンの活躍を願うばかりだ。きっとPCに向かい手汗と格闘しながら練習しているのだろうな。その姿を思い浮かべてクスリと笑う。同時に襲ってくる悲しさに表情は色をなくし、はぁとため息を吐く。

吐く息はまだ白くはないけれど、夜は随分と冷える季節になった。家の近くまで来たところで、冷やさないように上着のポケットに突っ込んでいた手を取り出し、カバンから鍵を探す。

徐々に近付く家を見ながら探っていると、玄関前に人影がみえた。配信を終えたあとのダンスレッスン帰りだ。時間は相当良い時間なのだが、こんな夜中に誰だろうか。

まさか強盗…？不審者かあるいは家バレ…。様々な最悪のケースを考え、念の為いつでも連絡できるようにスマホを構えながら恐る恐る歩み寄る。

耳をすまさなくてもガサガサと袋が音を立てているのがわかる。自分の足音を立てないようこそりと様子を伺う。暗くてよく見えないが、男性のようだ。

しばらく見ていると、スマホを取り出し何か操作している。写真を撮るのかと一瞬不安がよぎったが、画面を見たまま動かない。

本当に何をしているのか。そろそろ警察に連絡してもいいかなと考え出した頃、「よし」という低めの男の声とほぼ同時に私のスマホが軽快な音を立てた。

まずいと思った時には既に遅し。男がばっと後ろを振り返り、電柱のそばで身を隠していた私を捉えた。

逃げるか、警察に電話かどうしたらと1人でパニックに陥っていた。私を見ても微動だにしない男になお恐怖を覚え、心の中で助けを求める。

「A…？」

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