平行世界の自宅警備9 ページ39
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《ロスト・バレンタイン》
かれこれ八時間は経過していた。
何十回目のエンターキーを押して、素足を伸ばしてマウスを操作する。
ずれることのない特注の眼鏡はブルーライトをカットするだけでなく、画面の見えない文字も映し出す。
扉が開いたことが空気の流れ方で分かった。
余計な光が入ってこないようにと、リビングの電気を消して来るあたり本当に気遣いが出来る。
「おかえり」
「……」
ヘッドフォンをして周囲の音を遮断しているため、彼の声は聞こえない。
無音のまま口元に差し出されたパンにかぶり付く。
予め一口サイズにカットがなされ、飽きないようにか種類もたくさんある。
餌を供給されるがままに咀嚼し、絶妙なタイミングで差し出されるストローを咥えて喉を潤す。
「……」
「もう八時間かな、ありがとう」
恐らく彼はいつからやっているんだと聞いてきている筈だから。
ご馳走さま、と手を合わせる代わりに片手で机を二度叩いた。
勿論、もう片手はキーボードに触れている。
再び扉が開かないことから、どうやら背後の私の布団に座ったらしいと推測を立てた。
ここ数日は夕方ぐらいに帰ってきている。
町が平和なのはいいことだ。
喫茶店は客が少ないんだろうか、心配だ。
「__ッ」
長々と打ったコードが弾かれて息が漏れる。
落ち着け、糖分は摂取した。
何が足りていないか、頭から確認して。
「……ふぅ」
「終わったのか」
優しい彼の小声が鼓膜を揺らす。
それには答えず、ヘッドフォンを机の向こうに押しやって手にするのはスマートフォン。
「リィ君、パス変わってるみたいだけど」
『おーっと渾身の一撃決まりまくりぃ。マジで?』
「大マジ。八時間の超大作をどうしてくれるわけ」
『あーだからバッシィそんなに元気ないんだ』
ワンコールで出たお調子者の友人の声音が真剣なものに変わる。
『…あのポンコツ、やりやがったな』ボソッ
その様子とは反対に、私の口角は上がっていく。
電話越しでも伝わる殺気、弱肉強食の世界で獲物を捕らえた絶対的強者の冷徹な瞳。
「らしくないねリィ君。寝首をかかれたのかい」
『ジョーダン。痛くも痒くもないにぃ』
向こう側でいつも通りにケラケラとリィ君は笑って。
『後は、俺が殺る』ツーー
「……終わったわ」
仕事も、見知らぬ命も。
一つのキーを押すと展開していた全てのコンピュータがシャットダウンされていく。
暗くなった部屋で、お疲れさまという声を聞いた。
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梦夜深伽(プロフ) - 明里香さん» ありがとうございました! (2020年7月3日 17時) (レス) id: 885dd45dfc (このIDを非表示/違反報告)
明里香(プロフ) - 16に誤字がありました。「じゃかいか」ではなく、「じゃないか」です。 (2019年4月25日 23時) (携帯から) (レス) id: 85d4df75a2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:梦夜深伽 | 作成日時:2018年6月1日 22時