交差世界の迷宮解読15 ページ46
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[オーバードーズ]
無い。
戸棚に伸ばした手が空を掴み、脳が理解する。
サッと顔が青褪めたのが分かる。
ひゅ、と息が漏れた。
上手く息が出来ないまま後退る。
そして背中が、壁ではない柔らかいものに当たって気が付いた時にはもう遅い。
「ぁ…」
「ガリ、」
ゆっくりと振り返りながら視線を下げる。
だらりと両腕を下げて佇む女。
切り揃えられた重い前髪で目元が隠れて其の表情は窺えない。
だが。
「ガリ、ボリ、」
普段は穏やかに弧を描く艶やかな唇が歪んでいる。
時折剥き出しになる歯が噛み砕くと其の破片が飛ぶ。
「や、やめ_」
「_ゴクン」
喉が鳴る。
寒がりなのに珍しく首回りを空けていたから、上下する白い喉が窓から差す僅かな月光の下でよく見えた。
「ぁ、ぁ、」
手が震えるのは酷く冷えるからだ。
当たり前だ、今は真冬の夜中。
暖房も無しに、自分の吐いた息が白い事に更に震える。
だって僕で其れなら眼の前の彼女は。
「あ」
変わらず力を抜いて立つAがぽっかりと口を開ける。
歯並びの良さを見せている訳では無い。
無い。
口内には何も無い。
「ぁ…A…」
何を。
「な、」
何で。
「な」
如何して。
「 」
Aがゆらりと顔を上げて瞳がかち合う。
酷く冷たい、唯其れだけの視線。
( 怒ってる…! )
其の認識に辿り着いた瞬間にどっと嫌な汗が吹き出す。
耳障りな鼓動を立てる心臓をぎゅっと掴む。
とても目を合わせていられない。
自然と前屈みになり床に落ちる視界にAの腕が映る。
映る。
「乱歩」
「ひっ」
頬に当てられた手が氷の様に冷たく肩が跳ねる。
肘まで捲れた袖から覗く其の先の腕もきっと同じ温度なのだろう。
もう片方の腕は。
逃げる事なんて出来ない。
目だけで探した左手に握られている物を見てまた息が出来なくなる。
空瓶。
だって分かってたのに。
其れでも矢張り。
「ぁ、A、其れ、」
「 」
僕の頭の上で小さく息を吸う音が聞こえる。
僕に愛を囁く唇が無慈悲にも言葉を紡ぐ。
「睡眠薬」
「ぼ、僕、の、」
「そう?」
次いで放たれた言葉は疑問形で、そして其の疑問符の意味を頭は理解している。
「あと半分だったから私の分かと思ったわ」
嘘だ。
未だ半分以上残っていた筈で、だから。
「幸い一般に出回る物よりも弱いようだな」
とうに就寝した筈の低い声。
「"銀狼"の貴方様では効くものも効きませんわ」
ねぇ、乱歩、と。
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にゃーちゃん - 初コメ失礼します!超面白いです!思わず一気読みしちゃいました!更新楽しみにしてます! (2022年2月6日 2時) (レス) @page47 id: 04c952a5b3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:梦夜深伽 | 作成日時:2021年5月16日 19時