交差世界の迷宮解読11 ページ42
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[所縁の地・弐]
「其処を退きやーせ」
其れが余りにも"普通"だったから。
事態を把握するのに時間が掛かった。
頬に添えられた温もりのない冷たい、けれど滑らかで柔らかな質感がAの手であると分かったのは瞬きの後だ。
「な__」
社長が素早く振り返り、驚愕に目を見開くのをぼんやりと見ている。
僅か、瞬きもない間にあの"銀狼"の眼前から消え失せ背後を取ったのだ。
今、僕を抱いて頬を撫でるAが。
「幾ら福沢さんでも此ればっかはあんばようせんわ」
無意識に恐ろしいと感じてしまうのは、Aが全くの正気であるからだ。
「乱歩、此方にいりゃーせ」
甘ったるい蜂蜜のような声に泥々と耳から侵される。
艶やかな瞳は恍惚とした様相に染まっている。
緩やかに弧を描く唇。
吐息を感じられる距離まで近付いて。
「まぁ離さんがん。私の所まで、堕ちてちょう」
「って云う夢を見た」
「何よ其れ」
遠慮も気遣いも無しに盛大に顔をしかめたAから目を逸らす。
何故か方言が強かったけれど正直ドキドキした。
何語なの、と首を傾げて珈琲を淹れて戻ってくる。
「ナゴヤ弁だろう」
「柄が悪いのね」
「…あぁ、うん」
似合ってた、なんて言えない。
「Aに背後を取られたとは」
珈琲を啜る社長は何故か満足そうに微笑んでいる。
Aは其れに困った様子で眉を下げる。
「冗談は止して下さいよ。正面から背後を取るだなんて尋常じゃありません」
「異能を使ったのではないか」
「谷崎君の『細雪』に似た異能でなら可能かもしれませんが」
"銀狼"に小細工が通じるとは考えにくい。
Aなら万が一、と顔を見るとばっちり目が合った。
「何?」
「…厭」
あのAもなかなか迫力が有って良かったな、なんて。
今は瞳の奥に秘められている熱量を思い出す。
Aは切り替えて社長に向き直り口を開く。
「珈琲で御察しかと思いますが」
「うむ。いつもの通りで頼む」
「はい」
台所へ引っ込んでいく。
トースターが焼き上がりを告げて、戻ってきたAは盆を片腕で持っている。
「厚焼き卵のサンドと、小倉トースト。果物はお向かいさんから頂いた桃です」
今日の朝食は、"モーニング"だ。
トーストの上にあんこが乗った小倉トーストは僕とAの分。
甘い香りに釣られて近付く。
「口にあんこが付いてる」
「え? 嘘」
摘まみ食いしたんだろう。
手が伸びるより早く
口付けを落として君ごと
「頂きます」
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にゃーちゃん - 初コメ失礼します!超面白いです!思わず一気読みしちゃいました!更新楽しみにしてます! (2022年2月6日 2時) (レス) @page47 id: 04c952a5b3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:梦夜深伽 | 作成日時:2021年5月16日 19時