苦い。(2/2) ページ9
「ねえ、暇。なにかやることない?」
僕の家にまで上がり込んで、そう言いながらも眠ろうとする彼女に正直困っていた。
「え……ええっと。じゃあ、合作しない?」
合作ぅ? と、彼女は何のことかわからなさそうな声をあげる。
「物語を作るんだ。話し合いながら一緒に悩んで、一緒に書き上げる。完成したときの喜びは大きいよ」
ふうん、と気のなさそうな返事をした彼女だったが、何の気まぐれか「やる」と言った。他に優先事項が出来たらやめるとの条件付きで。正直長続きしないかと思っていたが、存外彼女は熱をあげて取り組んだ。いつしか週に一回、日曜日だけの合作会議がとても楽しみになっていた。会議をして、どちらかがノートを持ち帰って続きを書き、一週間後にまた会議する。六万字越えの作品を書き終え、先週は新しい話を四万字書き終えたところだった。
そして今日。彼女は来ない。もう、ということは金輪際ないということだろう。
ノートを見つめ、所詮暇つぶしだったのだと自嘲する。彼女だっていつまでも僕と一緒にはいられない。僕たちの関係は僕たちはパートナーでも仲間でも友達でもない。幼馴染、ただそれだけなのだから。
もう新しく文字が綴られることがないノートの、彼女の筆跡をなぞる。彼女の真剣な顔が思い浮かんだ。視界が滲む。ぽとりと、ノートに雫が落ちた。それを強引にしっかりと拭う。
口に含んだ甘いコーヒーと共に、苦い気持ちを喉の奥に追いやった。そしてそのまま会計に向かう。
後には、コーヒーの芳しい香りだけを漂わせて。
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作者名:糸田 | 作成日時:2021年3月13日 21時