【オリジナル掌編・SS】ひととせと月 (ページ11)

今日:1 hit、昨日:0 hit、合計:1,855 hit

10、皐月咲く窓辺ページ11

皐月躑躅が咲くと、赤色が一面に広がる。躑躅色よりも赤く、その赤は何かに似ているようで、でも似ている何かが見当たらない。もどかしくて、文を書く手を止めた。
「疲れた」
　上肢をぐっと伸ばして、外に出る。この窓辺にも、皐月躑躅はたくさん咲いている。素晴らしい景色ではあるのだが、近すぎると飽きてしまっていまひとつ感動できない。だから、一度外から見て美しさを再認識するのだ。
「行ってきます」
　誰に言うでもなく、気持ちのためにそう言って部屋を離れる。玄関を出て左の階段を駆け下り、坂道へと出る。通行人はだれもいない。足を止めて、じっと皐月咲く窓辺を見た。そこには、鮮やかな赤で葉の緑や壁の白を圧倒する姿があった。
　ふと、それらの塊が揺らいでいるように見えた。風はない。目をこすってもう一度見る。今度は何も起こらなかった。しかし、揺らいでいる様が妙に心に引っかかる。その感覚を忘れたくなくて、部屋に駆け戻る。再び窓の外をのぞいたとき、はっと思いついた喩えがあった。――炎だ。
　そうだ、あれは炎だ。燃えるように赤い花。一斉に咲き、一斉に枯れる。それらはこの家まで包み込んでしまう。その様は、とても美しかったんだ。
　忘れないように、日記にそれを書き留める。願わくば、来年もこの景色を見られますように。そう願いながら日記帳を引き出しにしまった。

11、雲間の四葩→←9、メイドにまつわる云々。（メイドの日SS）