【d!】氷の海に沈む花 (ページ15)

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皇帝ページ15

だんだんと機嫌が悪くなっているのか男が表情を強張らせていく。
酒が飲めないと大嘘をつくか、いっそその辺にいるはずの捜査員にこいつを連行してもらうかどちらにしよう。

思案しているAの耳にたまたま近くにいた演奏者たちの話し声が入ってきた。

「主旋律だけ抜き出して拾えばどうにか…。」
「ヴァイオリン一本じゃ無理だろ。」
「何が船酔いだよピクリとも揺れない船で。いつになったら戻ってくるんだ。」

どうやら奏者が、それも要となるパートのヴァイオリンがひとりダウンしたらしい。
彼らの側にある椅子にはその奏者のものと見られる楽器が置かれている。

頭の中に一つの考えが浮かぶ。
やる？いや、それは目立ちすぎるか。
Aは楽器をチラリと見る。

「誰か他に弾ける人は？」
「海の上だからな。そんな急には無理だ。運営に報告しよう…。」

ふと視界の端にAは捜査員とコネシマを見つける。
中には知らない顔もちらほらいるが、どの男たちも目は血走り、鬼の形相、そして完全に臨戦体勢の捜査員たち。
彼らの怒りは男が暴力団関係者だからではなく、Aを口説いていることへの怒りだ。
それをコネシマが押さえつけ、こちらの様子を伺っている。

待機。こちらに任せて。
そう目で訴えると伝わったのかコネシマが何かを二言三言捜査員に伝える。

「困った顔も美しいとは。まったく、君に首輪をかけておかないなんて愚かな男だ。さあ向こうでゆっくり君のことを聞かせてくれ。」

男に肩を抱かれ今度こそ気持ち悪さを我慢できなくなったAは素早い身のこなしで男の手を逃れると、わざとらしく「あら？」と声を上げた。

「え？あ、すみません今演奏できなくて…。」

驚いている彼らを他所に、置いてあった楽器を構える。
そして無人の譜面台の前に立つと、ワンフレーズだけ音を鳴らしてみせる。

「助太刀する代わりにしつこいおじさんから匿ってほしいの。」

弓の張り具合をいじりながらそう言うと、奏者たちがお互いに目を合わせ頷き合う。

「こちらとしても助かります。どうかここは宜しくお願いします。」

「おい、私の話を中座したな？私が誰だか教えてやろうか…。」

楽譜を整えるAに血管のはち切れそうな男が向かってくるが、再び楽器を構えたAは弓の先を男に突きつける。

「シー。」
「…ッ。」

男が驚いて黙ったのを好機に、息を大きく吸い、奏者たちと音を鳴らし始めた。