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坊やも帰った。俺も特に要件はない。

「じゃあ俺も帰るよ」
「いや、泊まっていけ」
「…ん?」

この流れで俺も帰るのでは?
荷物を取ろうとしたら伸ばした腕を掴まれた。

「いやいや!ここお前の家だけどお前の家じゃないし迷惑だろ」
「家主に許可を貰っている。泊めてもいいと」
「いつ貰ったんだよ!」
「昨日」
「用意周到か」


なんでそういうところは計画性のある奴なんだ!

秀一は何かと先を見越して行動することが得意だった。たまに未来でも見えてるんじゃないかと思ってしまう。


「分かったよ泊まってく。だから放してくんない?」

腕を離してくれないどころか、秀一はその腕を引っ張って胸の中へ引き込んだ。

怒っていて忘れていたが、本当に生きているんだ。秀一の心臓がどくどくと脈打つ音が聞こえる。
急に再会を実感して、感動が全身を包み込んだ。


「…怒鳴ってごめんな。あとアッパー」
「俺が急かしすぎたせいだ。それにお前が強くなってて安心したよ」
「うん。俺だって何もしてなかったわけじゃない」


秀一の逞しい背中に腕を回した。会っていない間に一段と体の厚みが増している。
安心感と、任務を全うしようとする強い姿勢が感じられるそれ。

秀一が生きているのはあの坊やのおかげだ。感謝しないとな。


「…俺がいない間、よく耐えたな」


しばらく抱擁したあと、秀一が俺の頭を撫でながら言ってきた。
思わずその言葉に大きく心臓が高鳴ってしまった。


俺を知っている秀一にしか言えない言葉。俺が欲しかった言葉。

数年間張っていた糸が少しずつ緩んでいく感覚だ。秀一の言葉だけで、こんなになるなんて。


秀一がいない間にどれほど自分を押し殺していただろうか。まるで悪魔と取引したみたいに、愛を得るというのは代償が必要だった。


感謝しなきゃいけないのに。ありがとうって言いたいのに。


「ごめんな、秀一」


謝罪の言葉を、紡いでしまった。


きっとお前も分かっている。これが何に対しての謝罪なのか。


「それはもういいだろう?お前はお前の生き方があるんだ」
「でも、」
「こんな話はやめにしよう。ウイスキーでも飲まないか?」

秀一は体を離してキッチンへ向かっていった。
話を切ってくれたのは嬉しい。でも、その背中はどこか寂しさを帯びている。



俺の親友は、俺の我儘に苦しんでるんだ。



「…零にはこんな思いさせたくないな」




今日出会った彼に、思いを馳せた。

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作者名:セメント紅井 | 作成日時:2023年6月3日 17時

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