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「傷どうです?」
「だいぶ塞がってきてはいる」
「診てくれたお陰ですね。ありがとうございます」
ジンに拾われてから数日。まだ痛むが、歩けるまでには回復した。
だから今日でお別れだ。
「お礼に何か作りましょうか」
「必要ねえ。次回に食わせろ」
「じゃあ何すればいいんです?」
ベッドは日中占領していたし、食べ物を持ってきてくれた。ベッドは半分こして2人で寝ていたが、なんせでかい男2人だから少々窮屈に感じてしまう。
…それに充電器の借りもあるし。
「何もしなくていい」
耳を疑うような言葉が聞こえた。
「え、だって貸しひとつだなって言ったじゃないですか」
「今は何もしなくていいってことだ。もう少ししたら知恵を貸してもらう」
借りはすぐに返した方が忘れずに済むからいいのだが、ジンが望むなら仕方ない。
「分かりました。連絡待ってます」
「ああ」
そのまま玄関まで歩いてドアの前で振り返った。
ジンは俺よりも背が高い。だから必然的に見上げるようになってしまう。
勿論彼は冷酷な瞳を持っている。それを見た者は彼を知らないから怖がってしまうのだ。
だが今の瞳はどうだろうか?
一瞬冷たさを感じるものの、そこには少し温かみが感じられる。
「ジンって良い人ですよね」
「なんだ急に」
「いや、だいぶ冷たそうなのに僕には良くしてくれるなって」
ジンはツンデレ説を推したい。ただの冷酷野郎だったら死んでたもんな。
俺は感謝を込めて言ったつもりだったが、ジンはそうは受け取ってくれなかったらしい。
「一度酷い目に遭ってみるか?春樹」
手をドアにドンとつき、俺の脚の間に自分の足を入れてきた。
ドクリ。名前を呼ばれて先日と同様に心臓が変な音をたてた。
「遠慮しときます」
「拒否権はねえよ、お前には」
「っい“!?」
この野郎が!首筋噛んできやがった!
でも、どことなく嬉しい。
…ん?嬉しい?
対極な気持ちが同時に現れて困惑した。
ようやく離したかと思えば、舌で歯形を舐められてゾクっと体が震える。
段々と嫌だと思う気持ちが消えていく。
「…なんて顔してんだお前」
どんな顔をしているんだろう。
「春樹」
ああ、ジンが”僕“を呼んでいる。
心臓は早鐘を打ち出した。それは警告か、それとも歓喜か。
「堕ちろ」
プツン。俺が持っていたリードが切れた。
”僕“はこの人が欲しい。バイバイ、A。
初めて、桧山春樹が千田Aを呑み込んだ瞬間だった。
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作者名:セメント紅井 | 作成日時:2023年6月3日 17時