chapter.20 とうぼう ページ22
『え………逃げる？』
長い沈黙の後、私の乾いた唇から出た言葉は酷く弱々しいものだった。
逃げる。それは即ち、この研究所を抜け出して遠くへ行くことを指す。そしてそれは、この研究所にいるごまんといる研究員を敵に回すということとほぼ同義である。
この研究所は世間には知られていない。つまり、実験体が脱走するような事があれば、研究所の正体が公に晒される可能性が極端に跳ね上がる。公に晒される、それは即ち研究所の"終わり"ということになる。
よって、この研究所で最も重い罪のひとつに値するこの行為を、目の前の彼女は決行しようと言っているのだ。
フィ「嫌ならついてこなくていい。あたし一人でもいい。だけどさ？Aもこの環境は幸せ？あんな……酷い仕打ちにあってほんとに幸せって言い切れる…？」
…この研究所には、らっだぁがいる。きょーやみどりやレウやコンがいる。私に優しく人がいる。だから、私は幸せだ。
…とは言い切れなかった。
確かに、みんなに色々教えて貰ったり話したりするのは楽しい。だけど、その他の研究員からの仕打ちは、その幸せに勝る苦痛だった。
少しでも抵抗したら直ぐ"廃棄"にされるという立場に置かれている私を、怒りやストレスの捌け口にしていた。それはきっと他の実験体も同じだ。暴力は当たり前。流血は当たり前。青アザは当たり前。痛みは当たり前。我慢は当たり前。涙は当たり前。疑心暗鬼は……当たり前。
どうやって逃げるのか、可能性はあるのか、逃げた後はどう生きるのか、残されたらっだぁたちは何を思うのか。そんなことを全て取っ払った、私の素直な感情は…。
『……私も、逃げたい』
フィ「………っ、よし。じゃあ、一緒に逃げよっか」
恐怖、緊張、焦り…そして興奮。そんな入り混じったぐちゃぐちゃな感情で震える私の両手を、彼女は優しくとる。温かい体温が触れた。それはまるで、私たちの逃亡劇を後押ししているようで。
『うんっ、』
ぐちゃぐちゃな感情が混ざり合い、"決心"というひとつの感情になった。この研究所で生きていくうちにいつの間にか枯れきっていた"希望"が、彼女の一言で芽吹き、花を咲かせる。砂漠のように廃れた心に緑が広がる。
生き返った気がした。でもそれはきっと、彼女のおかげではない。心に種を蒔いたのは、砂漠に最初に水を垂らしたのは＿＿＿＿。
chapter.21 ねつ→←chapter.19 じょしかい
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 583人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
人間 - 好きです()神 (3月26日 22時) (
レス) @page45 id: 89c49f19f9 (このIDを非表示/違反報告)
ちょい。〜最近kpopはまり中〜 - 更新ありがとうございます、、！(泣) (1月14日 12時) (レス) @page37 id: de8cd53295 (このIDを非表示/違反報告)
ちょい。〜最近kpopはまり中〜 - やっぱり好きです！他の作品も神だし、、！夢主のキャラ被りがなくて尊敬します！更新無理ない程度に頑張ってください。１カ月でも１年でもずっと待ってます！ (1月10日 10時) (レス) id: de8cd53295 (このIDを非表示/違反報告)
桜音羽 - 何これ、神作じゃないですか！？ いのりさんは神様です！ 国宝になるべき！！ (8月5日 23時) (レス) @page31 id: 9667935504 (このIDを非表示/違反報告)
みなもち(プロフ) - 久しぶりの投稿ありがとうございます！！！いつも1話なのに今回は4話も…！本当にいのり様の作品大好きなので投稿されると本当に嬉しいです✨今回のお話も少し胸に来るものがありました！素敵な作品ありがとうございます😊 (6月25日 0時) (レス) @page31 id: 422edee945 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：神崎いのり | 作成日時：2022年4月4日 9時
