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 その後も、事件の詳細をあくまで『一般人』として聞き続ける鴎外の隣で、Aはひとり別の疑問点を抱えた。


 あの男……私がこの騒動を『殺人事件』である前提で話をしても、否定もせず、むしろあちらもこの騒動が『殺人事件』であると確信した口ぶりで返答をした……ましてや、事件解決だの何だの。

 悶々と思考を巡らせるAの脳内には、先程の金髪蒼眼の自称私立探偵の姿が思い出される。

 あれは警察がこの船に到着する前の出来事で、男――安室がこうして刑事の口から殺人であると説明されると云う過程はあの時点で有り得る筈がない。ならば、何故安室はこれが殺人だと判っていたのか。
 一端の平凡な私立探偵如きが、あの短時間でこの不可解な騒動が事件だと判断出来る筈がない。そもそも、ただの探偵が鴎外やAの正体を掌握出来る筈がない。


 Aの中で安室と云う男に対しての不信が更に増していく。その姿を見付け出そうと無意識の内に未だ混乱している人混みに眼を向けると、目立つ金髪は案外すぐに見付かった。
 深緋の瞳を細めて安室の様子を窺えば、彼の周囲には例の毛利小五郎と、更にはコナンとの接触を図った時に出会った蘭と園子が居る。どう云う関係なんだ、と思わず眼を瞠ってしまったのは仕様がない事である。

「……あの青年がどうかしたのかね」

 刑事の話も漫ろに安室を凝視していたAを不審に思ったのか、鴎外の耳には届かない小声で広津が訊ねた。


「褐色肌の青年……会場に着いた時から怪しいとは思って居たが」
「あぁ、そう云えば三人くらい怪しいひといるって云ってたね」

 いつか交わした会話の内容を思い出して遠い目をする。古株である広津の観察眼は侮れない。

「して、彼がどうかしたか」
「あ、いや……私が気にしてたのはそっちじゃなくて、その隣のちょび髭の方」


「広津さんの云う通り、あの男色んな意味で怪しくてさあ」と何時もならば相談と云う名の愚痴を零していただろうが、安室に関する話題は先刻の『約束』が阻む。代わりに吐き出したのは些細な嘘だった。

 Aは約束を破られるのが嫌いだ。それは詰まり、彼女自身が約束を破る行為さえも嫌い、避けていると云う事でもある。

 確かに彼女にとって、かつて師事していた広津は信頼するに値する人物であり、裏社会では珍しい彼の柔和な人格も好んでいたが、『契約』の前では何であろうと全てが薄物細故。
 『契約』への(執着)は盲目である。

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羽倉 - こうも主人公として自然に神妙に造られているのを読んだことがなかったので、驚きました。面白かったです。ありがとうございます。 (2023年2月19日 13時) (レス) id: 06e22d481b (このIDを非表示/違反報告)
羽倉 - ただ組織の長であるからだけではなく、その人がその人であるから故に、割と側近の人であっても、その人の心を覗くことすら叶わない、という部分で、森鴎外が推しなのですが……なかなかその人に対して感じたことを、 (2023年2月19日 13時) (レス) id: 06e22d481b (このIDを非表示/違反報告)
冷々亭(プロフ) - Gugさん» こんにちはGugさん、前作に続き今作も応援頂きありがとうございます! リハビリも兼ねての投稿ですのでまだまだ拙い文章ですが、楽しんで頂けると幸いです^^ (2022年4月25日 18時) (レス) id: a606f59190 (このIDを非表示/違反報告)
Gug(プロフ) - お帰りなさい冷々亭さん!冷々亭さんの新作が見れてとても嬉しいです!更新頑張ってください! (2022年4月25日 16時) (レス) id: a3d4781212 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:冷々亭 | 作成日時:2022年4月25日 16時

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