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別室に連れて脅す? 金を積む? それとも、
否駄目だ。この男は毛利小五郎と接点があると云った。彼の姿が船内に無いのは直ぐに判るし、毛利小五郎が警察に相談すれば大掛かりな捜索活動なんて二つ返事で承諾される筈。
こんな奴に気を向ける必要なんて端から無かったんだ。先生以外に気を許す人間なんて存在し無かったんだ。ましてや、先生に危害を加える人間になんて……。
どうする? どうしよう? どうすれば良い? どうすれば先生は喜ぶ? もう良い、異能で―――
「僕は何も知りませんよ」
ぐるぐると回っていた混沌とした脳内が、その声を皮切りに思考を停止する。思考の渦に呑まれていたAが反射的に顔を上げると、安室は変わらず笑顔の侭だった。
「ただ、確認したい事があっただけで、ね」
彼が彼で、貴女が貴女だと云う事を。
この言葉の真意を知る程の安室についての情報を、Aはまだ得ていなかった。彼の方が一枚上手であった事を知るのは、後の出来事である。
Aは鋭く安室を見据えた。
「そんな見え透いた嘘を吐いて、どういう心算?」
「……少なくとも、この場で貴女達の身を明かす気は毛頭ありませんよ。ただ、好奇心旺盛な子犬が今にも噛み付いてしまいそうだったので、僕が少し毒味を」
安室を射る様に見詰めていた紅い瞳は、彼の言葉と笑顔の裏に隠された意図を察する。
どうやら、Aや鴎外の正体を知った上で、『A達の正体は警察に晒さない代わりに、安室自身の存在も鴎外には他言無用で居ろ』と云いたいらしい。
これは取引、A風に云えば契約……否、約束であった。暫しの沈黙の末、Aは諦めた様に小さく笑う。
「私、約束を破られるのが大嫌いなんだ。もしもこの後、先生に関することが流出なんてしたら、私は真っ先に君を疑うよ」
「承知の上だ」
「言質は取った。……もう君と話すことはない」
Aは少し哀しそうに眉を寄せると、踵を返して安室の元を去った。
「どうか忘れないで下さい。この事件を解決する鍵は、貴女達に握られています」
去り際に呟かれた安室の言葉を、律儀に反芻する自分に嫌気が差しながら。
嗚呼、他人を信用したいと思った私が莫迦だった。
――憤怒と憎悪、戦慄と恐怖や、
又強ひられし苦役はわが身の中に返り来る。
――Episode.2|解決の鍵は我が手中に 終
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羽倉 - こうも主人公として自然に神妙に造られているのを読んだことがなかったので、驚きました。面白かったです。ありがとうございます。 (2023年2月19日 13時) (レス) id: 06e22d481b (このIDを非表示/違反報告)
羽倉 - ただ組織の長であるからだけではなく、その人がその人であるから故に、割と側近の人であっても、その人の心を覗くことすら叶わない、という部分で、森鴎外が推しなのですが……なかなかその人に対して感じたことを、 (2023年2月19日 13時) (レス) id: 06e22d481b (このIDを非表示/違反報告)
冷々亭(プロフ) - Gugさん» こんにちはGugさん、前作に続き今作も応援頂きありがとうございます! リハビリも兼ねての投稿ですのでまだまだ拙い文章ですが、楽しんで頂けると幸いです^^ (2022年4月25日 18時) (レス) id: a606f59190 (このIDを非表示/違反報告)
Gug(プロフ) - お帰りなさい冷々亭さん!冷々亭さんの新作が見れてとても嬉しいです!更新頑張ってください! (2022年4月25日 16時) (レス) id: a3d4781212 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:冷々亭 | 作成日時:2022年4月25日 16時