南の島9 ページ44
｢とにかく行こう。指示は出すから注意して｣
ドアノブに手を伸ばす。私が先導して、人気のない廊下を渡りきった。
さて、第一関門。
｢警備多…｣
予想以上だ。1階ロビーが最も厳しいとは分かってはいたのだが…。
全員は流石にキツい。人数を絞っても些か不安。烏間先生クラスならともかく、私ひとりで乗り込むのも戦略が減る。
｢何よ、普通に通ればいいじゃない｣
能天気なことにビッチ先生は言った。クラスメイト達がそれを咎めるが、ビッチ先生は注意深く辺りを見渡し
｢だから普通によ｣
どこからか拾ってきたワイングラス片手に出ていった。殺せんせーはニヤリと笑う。
｢そういうこと、か…｣
漸く合点がいった。
覚束無い足取りのビッチ先生は警備の1人にぶつかった。
｢あっ。ごめんなさい、部屋のお酒で悪酔いしちゃって｣
｢あ、お お気になさらず、お客様｣
破壊力が半端ない。普段一緒に過ごしている私達には通じないだろうが、赤の他人からすれば隙だらけの美女なのだ。
｢来週そこでピアノを弾かせて頂く者よ。早入りして観光してたの｣
ピアノを使うか。
｢ちょっとだけ、弾かせてもらっていいかしら？｣
頬を染めた警備の1人が
｢えっ…と、じゃあフロントに確認を｣
｢いいじゃない｣
足を動かした警備の腕を掴む。
｢私のこと、よく審査して。ダメなとこがあったら叱って下さい｣
顔くらいの高さまで上がった手。それが一気に振り下ろされた。
ショパンの幻想即興曲。到底真似できない。
それは技術だけではなく、魅せ方。
すると、ビッチ先生の左手が降ろされた。私達はそれに一瞬で気付く。
“20分稼いであげる。行きなさい”
きっと、私達の中にも魅入っている人はいる。私でさえ、先導することを忘れそうになったのだから。
｢ぶはぁ！｣
息を殺していたカエデが突破した。全員無事だ。
｢…すげーや、ビッチ先生｣
｢ああ。ピアノ弾けるなんて一言も｣
｢優れた殺し屋ほど万に通じる｣
私の言葉に皆が動きを止めた。
｢ビッチ先生なんて親しみを込めて呼んでるけど、あの人は世界でもトップクラスのハニートラッパー。役立つ技術は何でも身につけてるよ｣
私も両手の指と右足を動かす。同じくショパン作曲･英雄ポロネーズの冒頭の数小説だ。
｢ヌルフフフ。私が動けなくても全く心配ないですねぇ｣
殺せんせーは笑った。
私は右人差し指で髪の毛先のうねりをなぞり、弾く。冴え渡った予感が知らせるは、危険。
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作者名：京陽 | 作成日時：2019年12月2日 11時
