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「その本は背広がもうダメになってしまっているから破棄の物だよ」
「ページが破れてしまっているから後で店長に確認しよう」
「名前が書かれてる? ああ、それはもう捨てるしかないね。勿体ないけれど」
不本意ながらゲトウさんと作業を始めて早15分__彼、物凄く手際が良い。バリバリ仕事が出来るタイプの人だ。私が判断にあぐねていると、自分も作業をしていると言うのにまるで姑が小言を零すかの如く言葉が止まらない。
私と同じ時期に入った人間とはとても思えない。研修なんて名ばかりで、バイトリーダーではないだろうか。
仕事も出来て? 大学では女子からの人気者で?
__宗教勧誘さえ、してなければ完璧、だったのにな。
私の彼に対するマイナス点は有名人という所よりもそこにある。
「__あれ、キミ、ピアス開けているのかい?」
「え?? ……まあ、そうです」
「ふぅん……」
ゲトウさんは作業していた手を止めると、切れ長の目を凝らして私の耳朶を視界に捉えた。大して珍しくもなければ高価でもないピアスを凝視されるのもあまり居心地の良いものではなくて、私は唇を尖らせた。
「……ねえ。私がこの間、キミに前世の話をしたこと、覚えているかい?」
「またその話ですか? 前にも言いましたが、」
「違うよ。そうじゃない、怪しい宗教の話とかじゃなくて、信じられない話かもしれないが私には前世の記憶があってね」
「はあ……」
ゲトウさんは至って真面目な表情でまた『前世』とやらの話を持ち出してきた。もしかしてだけど……女性に人気の理由ってこの前世のお話だったりするのかな。『運命なんだ』とか言って口説いてるのかな。
生憎、私は『運命』も『前世』も信じない。占いは所詮、占い。信じるものは救われるって言葉も、病は気からというもの。
「その前世、がなにか?」
「ふふ、少しは興味を持ってくれたのかな?」
勿体ぶって話を進めようとしないゲトウさんに続きを催促すれば、ニコニコと満面の笑みを向けられて、私は盛大なため息を零し、作業を再開させた。するとゲトウさんは慌てて『冗談だよ』聞いてくれ、と懇願するので仕方ないなと肩を竦める。
「前世でね、私とキミは高校の同級生だったんだ。でも私もキミも卒業をする前に辞めてしまってね……それから暫くの間はずっと一緒に居たんだけど……」
彼はそこで言葉を詰まらせると、困ったように眉尻を下げ、今にも泣きそうな掠れた声で『ねえ』節くれだつ指が私の頬をなぞり、耳朶に触れる。
「どうしてキミは………キミだけは、何も覚えていないのかな」
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作者名:愛 | 作者ホームページ:https://marshmallow-qa.com/dear_utsuk?utm_medium=url_text&utm_source=pro...
作成日時:2023年10月4日 16時