06.人の愛情表現 ページ42
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「……私、キスする意味が分からないの」
折角Aを私の部屋に招き入れる事が出来て、二人ゆっくりしながら映画でも……と思っていたのに。ソファに座らせた矢先に出た言葉がそれだなんて。
躊躇いがちに伏せられた視線、もじもじと落ち着かない様子で組んず解れつする彼女の指先。
「昔も、だけど……する風習が無かったから」
私と彼女は前世でキスをした事が無かった。恋人同士でなければ一方通行の想いも存在しなかったから。一度だけ接触はあったが、あれは彼女が私に水を飲ませようとしてくれただけに過ぎないのでノーカウントだ。
恋愛感情で彼女と過ごしてきた訳でない。家族__共謀者、共犯者……他にも例える言葉はあるが、少なくとも彼女と私の間に芽生えていたのは恋だの愛だのといった物では全くなかった。
キスがなければキス以上のこともない。
それ以下の触れ合いならば日常茶飯事だった。私の腕の中に甘えてくるAの頭を撫でたり髪を梳いたりと『可愛がっていた』猫を愛でる感覚とそう大差なかったのかもしれない。
「キス、されても、どうしたら良いのか分からないし、されたことないから慣れてないし」
「なら慣れるまでするかい?」
腰に手を回し力強く抱き寄せれば、定位置となった私の胸元に頭を預けるAに私の唇を押し付けた。触れたらすぐ離す、本当にただの触れるだけのキス。
「嫌だった?」
「一瞬だったし、嫌じゃ、ない……」
私としては物足りないけれどこれはまだ実験の段階に過ぎない。彼女も遠回しに"物足りない"と言っている気がして、拒絶がないことを確認しもう一度。グロスに縁取られた感触を確かめるようなバードキスを繰り返す。部屋にはリップ音と二人分の息遣いしか聞こえない。
私の腕の中で未だ緊張の解けないAの背中を指先でつ、となぞると細い肩がビクリと震えた。
「これ以上はダメ……」
黙って私のキスを受け入れていたAが頬を真っ赤に染めながら指先でダメだと止める。渋々顔を離せば、何処かホッとした表情を浮かべる彼女に苛立ちに胸の中でモヤが沸く。
「そんなあからさまに安心した顔をされたら私も悲しいんだけど」
「え? だ、だって…………キス、したら、身体を重ねるって意味なん、でしょ?」
「は??」
だからあの時も、その前も私のキスから逃げたという。幾ら恋愛において知識がないからと言ってデマを教えた張本人は誰だと問い詰めれば、Aはキョトンとした顔で答えた。
「硝子が言ってた。"夏油みたいな男はキスしたらその次抱こうとするから安易に許すなよ"って」
「……あのね。そんなに直ぐに抱こうだなんて思ってないよ私は」
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作者名:愛 | 作者ホームページ:https://marshmallow-qa.com/dear_utsuk?utm_medium=url_text&utm_source=pro...
作成日時:2023年10月4日 16時