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｢夏油くんは "プルースト効果"という言葉をご存知かな？｣
紅茶の入ったカップをゆらゆらと揺らしながら冥さんは眠りについたAへと目をやると、部屋に漂っている独特な香りのするアロマを彼女の眠るソファ近くのローテーブルの上に移動させる。
｢においで過去の出来事がフラッシュバックする……という現象のことですか？｣
｢そう。嗅覚は構造上、コレが何の匂いなのかを考える前に記憶や感情が刺激されやすい。肉体の変化はあれど、彼女は私たちの知る彼女となんの変わりもない。もしかしたら本当に記憶がないのかもしれないけれど……これは私の賭け、かな｣
換気のされていない部屋に立ち篭めるアロマの香りに時折噎せそうになりながらも冥冥の話に相槌を打っていれば、ソファに眠らせていたAから小さな呻き声が上がった。
すかさず、落ち着かせるように夏油がAの頭を撫でてやると、呼吸は正常に戻っていく。
｢因みにこのアロマはなんの匂いなんですか？｣
｢マタタビだよ。彼女の好きな匂いと言えば夏油くんとマタタビ位だろう？｣
はいそうです。とも言いづらい内容に、私は苦笑いを浮かべて中々眠りから覚めないAへと視線を落とした。
*
*
＿＿A
＿＿A、
名を呼ばれ、頬を撫でられているような感触に、ゆるゆると意識は浮上する。
｢A？！ 大丈夫かい？？｣
まるで身体のスイッチが入ったみたいにパチリと目を覚ました私は、ゆっくりと首だけ起き上がらせると、膝立ちになった夏油くんがこれでもかと言うほど眉を下げて不安げな表情を浮かべている。
緩慢な動きで首を横に振れば、彼は肩を撫で下ろした。
｢今、此処が何処だか分かるかい？ 痛いところは？？｣
＿＿『キミはここが何処か分かるかい？ 痛いところは？』
そのむかし、初めてあった時もそう……高専の中庭で眠っていた私を起こした時も同じ言葉を言われた。
｢……大丈夫、だよ｣
｢本当に？｣
私の言葉によほど信用がないのか、それともただただ不安で仕方がないのか。ふにゃりと顔を歪めて頷いても、彼の表情から不安を拭うことは出来なくて。
暫くの間、お互いの顔を見つめ合いながら『大丈夫』『本当に？』押し問答が続いたが、ふとAが何か思いついたかのようにゆっくりと夏油の顔に手を伸ばした。
伸ばされた先は、夏油の特徴とも言える前髪で。指先で触れた＿＿かと思えば、ペシ、と音を立てて前髪が払われる。
｢ねえ、傑｣
｢なん…………え？｣
Aを捉えた夏油の目が一気に見開かれ『ただいま』と口にした彼女が微笑めば、夏油の視界に映る彼女の輪郭がぐにゃりと歪んだ。
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作者名：愛 | 作者ホームページ：https://marshmallow-qa.com/dear_utsuk?utm_medium=url_text&utm_source=pro...
作成日時：2023年10月4日 16時
