前世を持ち出す変な前髪に口説かれる【夏油傑】 (ページ23)

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彼の出ていった扉を呆然と眺めては、深く深く息を吐く。
乱れることも構わずに前髪を掻きあげ、じんわりと熱を帯び始めた頬を誤魔化すように手で仰ぐ。

｢……なんで、｣

彼に抱き締められた時、すぐにその身体を押し返して平手打ちするつもりだった……それなのに、私の身体は動けなくて、拒絶所か、彼の背に腕を回してしまうところだった。何故だか分からない、彼の温もりに触れられた途端、目頭が熱くなって、縋りたくなって。

出ていく際、彼に表情を見られなくて本当に良かった。
私の頬が色づいていることも、涙の膜にも、恐らく彼には気づかれていないだろう。

｢なんで……？｣

心臓を針で突き刺されたかのような鋭い痛みも、あの声に、あの温もりに包まれてとめどなく溢れて頬を伝う涙も。
何故、赤の他人である彼に言動一つで私が揺らぐのかも。

＿＿どうして、涙が止まらないんだろう

***

｢夏油さん！もし良かったらうちに泊まっていきませんか？？妹も紹介したいですし！｣

｢ははっ、もしも終電が無くなったらちょうどお邪魔しようかなと考えていたから、お言葉に甘えようかな｣

高専時代の時から聞いていた灰原の妹。可愛いんですよ、と親バカならぬ妹バカを発揮する灰原の横顔に、懐かしさが込み上げてくる。
ああ、そうだ、高専時代でも似たような会話をしていたからだ。

まさか灰原とAが知り合いだとは。嬉しい誤算だけれど、流石に彼女の住むアパートはセキュリティが低すぎて心配になる。
行き先を駅ではなく、灰原の家へと方向転換し、この世界について話をしていると、ふと閃いたように灰原が声を上げた。

｢……夏油さん。自分、家入さんから『Aさんの記憶が戻らない段階で夏油が手を出していたら私に報告しろ』と言われているんですが、さっきのは未遂ですか？？｣

｢……"命" を受けた、と聞いて相手が誰なのか大方予想は着いていたけどね……やっぱり硝子か｣

｢自分、見なかったことにしましょうか？？｣

｢出来るのかい？それなら、そうして欲しいかな｣

アレは "手を出した" ではなく、" 別れの抱擁を交わした " だけ。現にAは拒否しなかったんだ、罪にはカウントしないで欲しいかな。

硝子はきっと、Aが思い出さないのなら思い出さなくていいとすら思っている。彼女は彼女のまま、前世の出来事など全て忘れたままで生きていて欲しいと。

＿＿ああ、できることならば、私もそうしてあげたかったさ

｢夏油さん！！自分、なんでも手伝うので何かあったら言ってください！｣

｢頼もしいね、灰原は｣

｢はい！任せてください！！｣

張り切る後輩の姿に私は目を細めた。

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