懸-△ ページ16
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携帯でジョシュアさんの出るステージを見ながらぼーっと眺めていた。
彼に会わなくなってから一週間が経った。
言いたいことは沢山あるし、会って沢山お話したい。
そんな気持ちはあるのに会いに行く自信が無い。余裕が無い。
自分は臆病で逃げてばかり。
実際、今だって彼から目を背けているじゃないか。
今更会いに行って、前のように話したいなんて、欲張りすぎる。
どれほど自分が身勝手かが分かる。
それでも心は揺らごうとしない。
本人には会えなくても、店主に伝えれば。
卓上に住所と電話番号が書かれた手紙を置いて、僕は布団に包まった。
明日はきっといい日に。
「えっ……久しぶり」
翌日、店に行くと常連さんと店主が居た。
『おはようございます』
「きっ、着替える?」
『いえ、コーヒー1杯ください』
ラフな格好でここに来た。ジスさんに会おうと思って来た訳では無いし、珈琲を飲んで、手紙を渡したら帰ろうか。
「…どうしてまたここに?」
『うーん…思いつき…ですかね?やっぱりここが落ち着くなー』
「またAくんと会えるなんて嬉しいよ」
『もう来ないと思ってたんですか?ㅋㅋ僕はこの場所が大好きなんで何度でも戻ってきますよ』
「………その言葉が聞けてよかった」
店主は安心したような表情を浮かべながら、僕が大好きな豆を挽いた。
カウンターからは大好きな匂いが漂ってくる。
この匂いを嗅ぐだけで落ち着くし、僕の居場所を感じられる。
「あ、そうだ。Aくんが居なくなってから、常連のイケメンくんも暫く来てないんだよ。最後に見た時もすごい暗い顔しててさ〜!」
『…そうなんだ』
珈琲を出してもらった後も僕がいなくなったその後の様子とか一時期増えた女性客について等を沢山聞かせてもらった。
皆、僕が居ないとダメだと言ってくれて目頭が熱くなった。
こんなにも必要としてくれていたなんて。
僕的感動話に浸っていると、時間は刻一刻と過ぎていった。
『やばい。僕もう帰らなきゃ』
「もう帰っちゃうの?」
『はい…あ、これを』
店主に紙を渡す。
「これは…?」
『ジスさんに渡してください。いつでも連絡しても大丈夫だと言うことも伝えてください』
「……直接言わなくていいの?」
『…申し訳なくて……』
「そっか」
店主は何も言わず、そっと受けとってくれた。
『ありがとうございました!』
皆は笑顔で手を振ってくれて、嬉しさのあまり少しスキップしながら帰る道を通った。
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作者名:ピーナッツバター | 作成日時:2021年8月2日 2時