７. ページ7
.
「ごめんなさい…床、濡らして…」
「別にいい。…バスタオル、取ってくるから」
「ごめんなさい…」
髪の毛からも服からも水を滴らせる姿を見るに堪えなくて足早にバスタオルを取りに向かう。
一体何があったのかとか、どうしてびしょ濡れなんだとか、聞きたいことはいくらでもあるのに。
直感的に、聞くべきではないと思った。
「使えよ」
「あり、がとう…」
パサリとバスタオルを頭から掛けてやると家守はのろのろ手を動かして髪の水気を拭き取り始める。
黒いな、とふと気が付いた。
ひと目見た時から感じた違和感の正体が分かって喉の痞えがひとつ消える。
いつもは淡い色合いの服をよく着ている家守は、今日は全身を真っ黒な服に包んでいた。
あと、それから。
「あ……」
「ん…？」
指輪を、している。
無いなとずっと思っていた指輪が、左手の薬指に着いている。
それに気付いて左手に視線を注いでいる事に気が付いたのか、家守は自分の手を見下ろして苦笑した。
「これは…今日は、特別なんだ」
「…学校ではいつも着けてた」
「うん…」
また俯いて黙り込む家守に何があったのか、自分は何も知らない。
何も知らないから、バスタオルを渡してやることくらいしか出来ない。
こんなに苦しそうにしていても、これくらいしかしてやることは出来ないから。
「傘…持ってっていい」
「え…でも、」
「いいから使え。そのままで帰られると気分悪い」
差し出したのは何の変哲もないビニール傘。透明の、一番シンプルなやつ。
家守はそれを凝視したかと思うと、ゆっくりと傘の柄に手を伸ばした。
その手に傘が握られたことを確認して、手を離す。
「…ありがとう、」
ただのビニール傘の柄を両手で強く握りしめて、家守は笑った。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 43人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：瑠璃烏 | 作成日時：2024年1月27日 23時
