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思ってもみなかった言葉に顔を上げると、糸師くんは私をじっと見つめて同じように言葉を紡いだ。
「本当に忘れなきゃいけないのか」
「え…で、でも、」
「忘れなくても良いだろ、別に。全部抱えて生きていくんじゃ駄目なのかよ」
全部、抱えて。
そんなの考えたことも無かった。
黙り込んでしまった私に、糸師くんは静かな声で続ける。
「上手く出来ないなら…俺が教えてやれる。つらい過去と一緒に生きる方法」
「一緒に、生きる方法…？」
ずっと、忘れなきゃ忘れなきゃと思って生きてきた。
高校1年生のあの日から、ずっと。
でも、いいのかな。忘れなくても。
受け入れて、飲み込んで、一緒に生きていってもいいのかな。
「いい、のかな…？」
「悪いことがあんのか」
ずっと苦しかった。変わらなきゃって、忘れなきゃって、ずっと。
でも変わるのは、忘れるのは、燐くんに悪い気がして。
「そもそも、毎年墓参りに行けるようになった時点でお前は一歩進んでる。違うか」
「あ…」
涙がじんわりと溢れて視界を揺らす。
喉がぎゅっとして苦しい。でもこの苦しさは、嫌な苦しさじゃない。
糸師くんはゆっくりと、でも確かに声にした。
「お前は…頑張った」
「っ……！」
そんな風に言ってもらえるなんて。
頑張った、のかな。私。もう進んでもいいのかな。もう、いいのかな。
忘れなきゃと思って、進まなきゃと思って。でもそれは悪いことなんじゃないかってどこかで思っていたから、板挟みになって動けずにいた。
溢れそうになる嗚咽をぐっと堪えて、ソファから立ち上がる。
ふらふらと糸師くんの元へ歩み寄り、その肩口に顔を埋めた。
「っ…わたし、」
「……」
「私、もう、いいのかな…？変わっても、進んでも…いいのかな…？」
そっと頭に手が添えられて、ぐ、と喉が痛む。
溢れる嗚咽を、今度は止められなかった。
_____雨は、いつの間にか止んでいた。
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作者名：瑠璃烏 | 作成日時：2024年1月27日 23時
