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その日は、朝から雨が降っていた。
ピンポーン
響いたチャイムにソファから立ち上がりモニターを覗くと、そこに立っていた姿に目を見開く。
前にもこんな事があったなと思いながら慌てて玄関へ向かい、扉を開いた。
「…何してる」
答えは返らない。
いつも連れて来ていたニケも連れずに、傘も差さずに、頭から雨にずぶ濡れになって家守はそこに立っていた。
前にこんな事があった時と同じようにバスタオルを持って戻り、それを頭から掛けてやる。
掛けられても自分で拭く素振りを見せないから、少し乱暴に髪の毛を拭ってみた。それでも家守は何も言わない。
頭を一通り拭き終わったところで突然、家守はポロポロと涙を流し始めた。
「おい…」
一体何があったと言うのか。分からずに困惑して一歩離れてみて、その左手薬指に光るリングがある事に気が付いた。
前にずぶ濡れになって来た時も、指輪をしていた。
『僕からは何も。Aちゃんがいつか、きっと話してくれますよ』
マネージャーの声が頭に蘇る。
どうしたらいいのか、正解なんて分からない。
分からないままゆっくりと手を伸ばした。
「いとし、くん……」
俯く頭にそっと手を添え引き寄せる。肩口に顔を埋めるようにさせると涙が服に染みていくのを感じた。
どうしてずぶ濡れなのかとか、なんで泣いているのかとか。聞きたい事はいくらでもあったが、前と同じで聞く事はしない。
結局、家守が泣き止むまでどれくらい掛かったのかは分からない。
＊
「ごめんなさい、玄関濡らしちゃって…」
「別にいい」
ずぶ濡れの服から貸したジャージに着替えた家守は、淹れてやったカフェオレの入ったマグカップを両手で包み込み俯いた。
いつも通り、会話が続く訳ではない。
沈黙を居心地が悪いと思った事はなかった筈なのに、今回ばかりは少し空気が違う。
秒針の動く音と雨の音だけが響く中、家守はやっと口を開く。
「ごめん、なさい…上手く話せるか…分からない、けど」
「ああ」
「わたし…私ね」
結婚の約束をした人がいたの。
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作者名：瑠璃烏 | 作成日時：2024年1月27日 23時
