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Aのお母さんがいた。見つからないように、こっそりと部屋に行こうとすると、後ろから声がかけられる。
「坂田くん、話があるの」
「……わかりました。手、洗ってからでいいですか?」
いいよ、と言われたので、洗面所へ駆け込んだ。鏡に映る俺の顔は、あまりにも酷かった。無心で蛇口をひねって、冷たい水が手にあたる。その感覚すらも、なにもかも嫌だった。手を洗い終わってリビングに戻ると、母の姿はなかった。その代わり、Aのお母さんだけが残っていた。
「……あの、話って」
彼女のお母さんの前に腰かけた。Aのお母さんの表情も、決して良いとは言えないものだった。目の下にはうっすらと隈があるし、目の辺りは赤く腫れている。俺が座って、すぐAのお母さんは俺に言った。
「これをね、Aに坂田くんに渡すように頼まれてたの」
そう言って机の上に置かれたのは、赤い袋でラッピングされた可愛らしいもの。それをAのお母さんが差し出してくる。俺はそれにずっと視線を落としたままだった。そうしていると、彼女のお母さんが話始める。
「あの子、寿命のこと、坂田くんだけには自分から伝えたいって言ったの」
「それは、あの子の荷物を片付けているときに見つけたものでね、ほら、坂田くんへって書かれてるでしょ?」
こく、とその問いに頷く。中に入っている封筒を見ると、「優へ」と可愛らしい字で書かれていた。それに思わず涙がこみ上げそうになる。でも、ここで泣いてしまったらきっと迷惑をかけてしまう。
「一番最初に見つけさせてしまったこと、本当にごめんなさい」
「そんな、別に謝られることじゃ、」
ふるふるとAのお母さんは首を横に振った。しばらくの間、重い沈黙が流れた。その沈黙を破ったのはAのお母さんだった。
「あんまり話してもあの子に怒られそうだから……ここまでにしとくね」
「私はもう帰るから、それ、開けてあげて」と言い残して、Aのお母さんは俺の母さんに挨拶して帰っていった。俺は受けっとったそれを部屋に持ち込んだ。
「俺に開ける権利、あるんかな」
しばらく「優へ」という文字と睨みあったけど、俺は開けることにした。彼女が俺に向けてくれたのなら、俺に開ける権利は少なからずともあるはず。貼ってあったシールを外して、俺は中身を見た。
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作者名:天音 | 作成日時:2022年12月14日 19時