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83. 距離を置いた理由 ページ36

〈…、何で…!!撤退命令をしたはずだろ!!〉

〈そうだとしても、俺は逃げたくはなかった…〉


鬼がケタケタと笑っている。だけど、全くその声は耳には入ってこなかった。
ただ、自分の腕の中で虫の息になっている、後輩隊士に必死に声をかける。


〈…貴方は、「柱」だ。俺は、貴方の盾になれるなら…、それほど喜ばしいものはない…〉

〈俺は平気だって!!傷を負ってもすぐに治る!だけどお前は―…!!〉

〈だとしても、命は1つだけです…。俺は―…、あの時親友に庇われるだけだった。でも今度は―…〉


瞳から光が消えていく。脈がどんどん弱くなっていくのが肌を通して伝わる。


〈俺は―…、貴方の元に就けて、幸せ…でした…〉


その言葉を最後に、息を引き取った。その人の頭を抱える。


〈なんでだよ…、なんで…、俺を置いて逃げろよ…!お前だって、命は1つだけだろ…〉


鬼が2人の元に近づいてくる。完全に周囲を囲い、いつでも襲い掛かれるように。


〈…許さねぇ、鬼も…、何もかも―…〉


右顔面には「痣」が発現し、日輪刀を握りしめる。
そして―…、その地域を支配していた生ける全て殲滅したのだった。


――…

『…それからというもの、俺は隊士を受け持つことはおろか、合同任務にも参加しなくなった。単独任務に没頭し、人と関わることを拒んだ』


井草はAの話に耳を傾けるも、身体を震わせていた。目から涙が溢れている。


『俺のせいで、誰かが死ぬのが嫌だった。誰かに庇われるのはもうごめんだ…。そうやって、今日まで、誰一人として関わることはなかった』

「…その人の、名前って…」


井草はもう気づいていたのかもしれない。その人が誰なのかを―…。


『井草…、幸一郎…。君の兄だ』


井草は嗚咽を繰り返していた。そして今まで抱いていた、Aに対する印象の意味をようやく理解する。安心感があるのも、どこか頼りになるという印象も…、この方は兄の言っていた尊敬する方だったのだと。


「…兄は本当に誰に対しても優しくて、父の跡を継いで医者になると思っていた。だけど、兄が14歳の時に、親友を鬼に殺されたことにより、鬼殺隊に入ると言って突然家を出て行った」


そんな兄を、自分はずっと恨んでいた…。次男だった僕が必然的に、医者になることを余儀なくされて…。でも、僕は兄と違って優秀じゃないし、親の期待には答えられない…。
だから自分も、兄の姿を追って鬼殺隊に入ることを選んだ。

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作者名:Haru yama | 作成日時:2021年5月26日 0時

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