ページ36
・
『 ただいま帰りましたー 』
大きめの声で言ったのだが、中から返事が来ない。もしかしたらまだ寝ているのかもしれない…と思い、廊下を黙って歩いていく。
カチャ…とできるだけ静かにリビングの扉を開けると、ソファーの上から私を見つめている伊沢さんの姿があって。なぜか込み上げてくる嬉しさから、思わず表情を崩した。
荷物を下ろして伊沢さんに近づくと、脱力した彼は私にとても綺麗な笑顔をくれる。その顔に目立つ傷と垂れた瞳は、まだ少し腫れていた。
「 おかえり 」
『 ただいまです。患部冷やしましたか? 』
「 あ、忘れてた… 」
返ってきた曖昧な声は弱々しく、力が入っていないように感じて。お疲れなんだろうなぁ…なんて暢気に考えながら笑顔を見せた。
家中を行ったり来たりして、伊沢さんに濡れタオルとホットアイマスクを渡す。色々済ませてエプロンを着けながらキッチンに立つと、彼は後ろに座って私の下手な庖丁捌きを見つめていた。
『 …伊沢さん、 』
「 ん? 」
『 もう、心配しなくていいですから 』
無計画に発した声を聞いた伊沢さんが、怪訝そうな表情でこちらを見つめている。私は、それ以上なにも言えなかった。彼の方を向けなくて。
ずっと考えていた。私が取った行動は正しかったのか。「仕方ない」とか「報告してくれてありがとう」なんて、周囲の方には言われるかもしれないけれど、結果的に多くの方々に迷惑をかけてしまっているのは紛れもない事実。
無論、伊沢さんを守ることができたのは嬉しいし、後悔する必要はないだろう。だけど、もっと良い案があったんじゃないかって、少し考えれば見つかったんじゃないかって、思っちゃうんだ。
今さら言っても遅いのは分かっていた。仕方ない、で済ませちゃいけないけれど、後悔しても意味がないから。そう自分に言い聞かせる。
そうして私は、大切な人を守れた嬉しさと、少しの後悔を抱えながら、幸せな一日を過ごした。
夜。意識が途切れる直前に、目の前で私の髪を弄ぶ伊沢さんの、大きくて温かい胸に擦り寄る。
・
『 いっぱいがんばったね 』
いつもは守ってもらってばかりだけど、
「 ありがとう、A 」
私だって守れるから、もっと頼ってください。
無理しないでね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
後日。伊沢さんが以前ゲスト出演したクイズ番組のプロデューサーさんが変わっていた(らしい)
・
130人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
音々(プロフ) - 神威-αさん» 全然大丈夫です!ありがとうございます! (2021年3月8日 23時) (レス) id: 713cea38c0 (このIDを非表示/違反報告)
神威-α - 音々さん» 分かりました。僕が書こうと思っていた話に被らないようにしたいので短くなるかもしれません。あと、『お疲れ様』の石森ちゃん視点の話も書こうと考えているので遅くなると思います。それでも大丈夫ですか? (2021年3月8日 22時) (レス) id: 60ae3ef212 (このIDを非表示/違反報告)
音々(プロフ) - 神威-αさん» 私自身、生理前とかって少し注意された(怒られた)だけで泣きたくなったりするので誰かに怒られて悲しくなるみたいなのがいいです! (2021年3月8日 16時) (レス) id: 713cea38c0 (このIDを非表示/違反報告)
神威-α - 音々さん» ありがとうございます!そんな風に言って頂けるとすごく嬉しいです。リクエストもありがとうございます。図々しいだなんてとんでもありません!ぜひ書かせてもらいます。ところで``色々´´とありましたが、なにか具体的にあったりしますか? (2021年3月8日 16時) (レス) id: 60ae3ef212 (このIDを非表示/違反報告)
音々(プロフ) - 更新お疲れ様です!すごく涙が出て悲しくなったり、思わずニコニコしちゃうような話もあったりして、毎日楽しく読ませていただいています。図々しいですがリクエストで、色々あって不安な夢主ちゃんを慰めるというお話が見てみたいです!これからも応援しています! (2021年3月8日 0時) (レス) id: 713cea38c0 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ