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「 長い間、お世話になりました 」
玄関先で放たれた言葉は小さかったにも関わらず、社内全体へ聞こえている。撮影の準備をする福良さんを手伝っている最中だったので聞こえていないふりをすると、隣に座っていた彼に優しい笑顔を向けられ、「行こっか」と促された。
私たちが向かうと、そこは既に人で埋め尽くされていて、川上さんが愛されているのは一目瞭然である。笑顔が溢れているように見えたのだけれど、やっぱり寂しさは隠しきれないそうで、
「 …また来てください 」
「 絶対クイズ辞めないでくださいね 」
先ほどから山本さんとこうちゃんさんが泣きそうな顔で繰り返している。河村さんは壁に凭れ、遠くからその光景を見つめていた。そこに笑顔は見られない。
各々気持ちがあって複雑な心境なんだろう。皆さんに告げられた先週の会議は酷く荒れていた。急すぎて納得できない人はたくさんいたし、多分していない人だってまだ何名かいる。
だけど私は、川上さんの人生だから。川上さんなりの進み方があるから、ここは黙って見送る方が恩返しになると思う。
少なくとも、ここにいる人たちは私と同じ気持ちのはずだ。反対派だった河村さんもきっと応援していると思う。現に福良さんに説得されて彼とお別れの話をしているし。
なんか、すごく楽しそう。
見つめていると、玄関に立つ彼と目が合った。顔を見て静かに頷いた彼の意を汲み取った私は、確認するように頭を上下に振る。それを視認した彼は伊沢さんとの会話に戻ってしまった。
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「 …じゃあ俺、そろそろ行きます 」
一頻り話し終えた頃、そんな言葉が響く。皆さんの表情が曇った。けれど一瞬で元に戻り、それどころか笑顔が満面に咲いている。
「がんばれよ」「またご飯行きましょうね」なんて声が色々な場所から聞こえてきて、川上さんが少ない荷物を持ちあげた。
「 石森ちゃん。川上行っちゃうよ? 」
静かに遠くから眺めて終わるつもりだったのだが、突如現れた須貝さんの言葉が私の耳に届く。
「 色々あったでしょ。いいの? 」
『 え、でも私、社員じゃないし… 』
「 そんなん関係ないよ。お世話になったんやったら、ちゃんと本人を見送ってあげやな、ね? 」
次に口を開いた時。私は須貝さんにぐいぐいと背中を押され(物理的に)、人混みを抜けていた。
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音々(プロフ) - 神威-αさん» 全然大丈夫です!ありがとうございます! (2021年3月8日 23時) (レス) id: 713cea38c0 (このIDを非表示/違反報告)
神威-α - 音々さん» 分かりました。僕が書こうと思っていた話に被らないようにしたいので短くなるかもしれません。あと、『お疲れ様』の石森ちゃん視点の話も書こうと考えているので遅くなると思います。それでも大丈夫ですか? (2021年3月8日 22時) (レス) id: 60ae3ef212 (このIDを非表示/違反報告)
音々(プロフ) - 神威-αさん» 私自身、生理前とかって少し注意された(怒られた)だけで泣きたくなったりするので誰かに怒られて悲しくなるみたいなのがいいです! (2021年3月8日 16時) (レス) id: 713cea38c0 (このIDを非表示/違反報告)
神威-α - 音々さん» ありがとうございます!そんな風に言って頂けるとすごく嬉しいです。リクエストもありがとうございます。図々しいだなんてとんでもありません!ぜひ書かせてもらいます。ところで``色々´´とありましたが、なにか具体的にあったりしますか? (2021年3月8日 16時) (レス) id: 60ae3ef212 (このIDを非表示/違反報告)
音々(プロフ) - 更新お疲れ様です!すごく涙が出て悲しくなったり、思わずニコニコしちゃうような話もあったりして、毎日楽しく読ませていただいています。図々しいですがリクエストで、色々あって不安な夢主ちゃんを慰めるというお話が見てみたいです!これからも応援しています! (2021年3月8日 0時) (レス) id: 713cea38c0 (このIDを非表示/違反報告)
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