弐拾肆 ページ8
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『【おはようございます、実弥さん】』
「おォ」
今日も彼、実弥さんのお宅にやって来る。
通い始めて一週間以上が経ち、この道を歩くのも慣れてきた。
『【今日はお土産があります】』
「みあげ？」
『【風鈴です】』
「風鈴………これどうしたァ？」
『【丁度売ってまして。実弥さんの縁側、何もなかったから】』
ここの所、暑い日が続いている。
実弥さんは汗をかきやすいのか、
この数日何度か汗を着物で拭っているところを見かけていた。
別にだからといって、気温がどうにかなる訳では
無いのかも知れないが、
夏の風物詩といえば風鈴と団扇だと思う。
そう思って、ここに来る前に買ったのだ。
「こんな高そうなもん、」
『【いいんですよ。私が送りたくて買ったんですから】』
「………そ、そうか。つか、団扇も買ったのかァ？
団扇くらいはあるぞォ」
『【色褪せてたじゃないですか】』
そう言いながら彼はしゃがみながら風鈴を取り出して、
紐の部分を持ち、風鈴を眺めていた実弥さんに向かって、
私はパタパタと団扇で扇ぐ。
すると風鈴はリン──と静かに、美しい音色を奏でた。
私が団扇で扇ぎ、その風で風鈴と実弥さんの髪が
ふわふわと揺れている。
『………、』
「………あァ、悪くねぇなァ。こういうのも」
『、……イォ、アッタ……、』
「！」
『(ぁ………しまった)』
嬉しくて、つい声が出てしまった。
団扇を扇ぐ手が思わず止める。
喉が少し痛い。嗚呼、気持ちを伝えたいのに、言葉が出ない。
言葉が出ないことが、これほど惜しい事だとは。
上手く発音ができない声。
気持ちのいいものではないだろう。
「………いい音、だなァ」
『(ぇ、………？)』
「……………、」
すると実弥さんはそっぽを向きながら、そう言った。
耳が少し赤い。顔が見えないけど……いい、音って………それ、は。
そこまで考えて、ふわりと柔らかな風が吹いた。
それに合わせ、風鈴がリーンリーンと鳴る。
彼はそっぽを向きながら、立ち上がると、
縁側に向かって、風鈴を吊り下げた。
「………土産、ありがとうなァ」
リーンリーン──
風が、風鈴を撫でて、奏でている。
………嗚呼、そうか。きっと風鈴の音の事だろう。
きっと彼は風鈴の事を言ったのだろうな。
きっと、私は自分の心臓の音で気づかなかっただけなのだ。
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作者名：冷泉 雪桜
| 作成日時：2023年7月1日 1時
