壱 ページ31
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その日は、穏やかに来た。
彼はその日一日眠ってばかりで、
彼が目覚めたのは夕方になってからだった。
もう外ではヒグラシが切なく鳴いていた。
美しい夕日が、世界を優しい赤に染めている。
「、………A、?」
『!【目が覚めましたか。今日は随分気持ちよさそうに
眠っていらしてましたね】』
「………そうか」
この世に生きる、全ての命に等しく降り注ぐ夕日は、
これまで見た夕日の中で、いっとう美しかった。
暫く沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは、私だった。
『………【今までご迷惑をおかけしたかも知れません。
ですが私は──】』
グシャ
そこまで、字を書いて………私は紙を握りしめてしまう。
紙は勿論グシャグシャの皺だらけになってしまった。
………な、んて。声を、かけた、ら。
何か、何か言わないと。自分が、後悔する、前に………
しかし、出てこない。言葉が出なかった。
泣いてはいけない。まだ、泣いては………
泣きそうになる目を擦り、
私は布団にいる彼に笑いかけようとした時だった。
一部の指のない、大きな手が………私の頬を撫でた。
思わず顔を上げた時、彼はこれまでに無いほど、
優しい微笑みを、私に向けていた。
それは、まるで──
彼の口が、ゆっくりと動いた。
「………─────。…………」
それだけ、言って…………彼はゆっくりと、瞼を閉じた。
頬を撫でていた手が、するりと落ちかけ、私は彼の手を握る。
『…………、っ、………ぁ、』
涙が溢れて、止まらなかった。
心に留めていた想いが、涙と共に溢れ出る。
ごめんなさい。ご、めん、なさい。
『(私、わたし本当は──本当は知っていたのです。
貴方の事、最初から知っていた──っ)』
私は元、隠に所属していた、鬼殺隊の一人だった。
貴方に素顔を見せたことが無かったから、
貴方は知らなかったかも知れない。
でも本当は──
もっとずっと前。鬼殺隊に入る前に貴方に助けてもらってから、
私は貴方のことを追って来てたのです。
貴方の力になりたくて。
貴方の事をお慕いして。
あの最終決戦の日、肉の壁となるために柱を庇った。
声はその日に失った。
無惨の猛撃に、肉壁となって死んだ隊士の中で
唯一生き残った私は旅に出て、貴方とまた出会った。
今度はただのAとして、貴方に出会った。
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作者名:冷泉 雪桜 | 作成日時:2023年7月1日 1時