弐 ページ30
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ゆっくりと、衰弱しているようだった。
それでも彼が苦しんでいるような様子は無かった。
「…………おォ、A」
彼は静かに、縁側の先にある中庭を、
布団の中から見つめていた。
私が近づくとようやく気づいた彼はこちらに顔を向ける。
起きようとするが、パスッと脱力するように
彼の頭は一度起き上がるも枕に埋まってしまう。
『【無理なさらず】』
「悪ィ……」
『【大丈夫ですから】』
「………桔梗が、あそこに咲いててな……
植えた覚えがなかったが………」
『………』
彼がそう言いながら、中庭をまた見つめる。
視線の先には凛と咲き誇る桔梗の花が、
風と共にさわさわと葉をこすれ合わせながら揺れていた。
『…………【花にはそれぞれ花言葉というものがあるとか。
桔梗は“誠実”や“変わらぬ愛”を示す花だそうですよ】』
「ヘェ………そいつぁ知らなかったなァ。
体が動けりゃ、玄弥の墓に供えてやりたかったが………」
『【私が行きますよ。体もきっと良くなります。
ですから動けるようになったら、一緒に行きましょう】』
「………、そうだなァ」
そのまま、沈黙が続いた。
気まずいものではなく、穏やかで静かな空間が流れる。
まるでこの世ではないところの風の音に
耳を傾けているように。
遥か遠くの──草原に吹く風の音を。
「………、」
『【お眠りになりますか】』
「嗚呼………少し、寝る………」
『(なら、これから食事の支度をしよう)』
「待て………ここに、いろ………」
『!』
彼が眠るとの事で、眠りやすいように
顔にかかった髪を掻き分けた後、その場を離れようとしたら、
掻き分けていた私の手を、彼は掴んだ。
そのまま、私の手を自身の傷だらけの頬に擦り寄せた。
彼らしくない行動に、少し戸惑ったが………
弱々しく掴む彼の手が、温かかった。
『…………(も、う──)』
風が………止む気配が、近づいている。
私はそんな予感をしながらも、知らない振りをし続けた。
それ以外、私に出来ることは無かったのだ。
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作者名:冷泉 雪桜 | 作成日時:2023年7月1日 1時